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Leoのプロフィール|年収200万円、財産差し押さえ、体脂肪25%のど底辺から”男の格”を上げるまで

Hey Bro。ようこそ、Leoのプロフィールへ。
このページを見てくれたってことは、「こいつ何者だ?」と少しでも思ってくれたんだな。ありがとう。

私は今、40代。東証プライム上場企業で部長職をやりながら、副業でも収入の柱を複数持ち、毎朝5時に起きて週6でジムに通う生活を送り「仕事、身体、習慣」この3つが噛み合った状態で、人生という神ゲーを全力でプレイしている。

毎朝、目覚ましが鳴る前に目が覚める。身体は軽い。やりたいことが山ほどある。仕事も、トレーニングも、新しい挑戦も、全部が楽しい。「明日が来るのが待ち遠しい」40代にして、本気でそう思える毎日を生きている。

だが、ここに辿り着くまでの道のりは、まったく順調じゃなかった。

年収200万円、投資で全財産を吹き飛ばし、財産差し押さえ、文字通りのどん底を這いずり回った。副業では何年も成果が出ず、投資では給料が振り込まれた翌日には残高がほぼゼロになる生活。「もう二度とやらない」と誓った翌月に、また同じ過ちを繰り返す。

何度も、何度も、何度もだ。失敗だらけの人生だった。

ストレスのはけ口は、酒と飯。深夜のラーメン、コンビニ弁当の重ね食い、週末の暴飲。気づけば体脂肪は25%を超え、腹は完全にたるみきっていた。鏡に映るのは、THE中年太りの自分。朝、その顔と腹を見て、情けない気持ちに何度陥ったことか。

そんなド底辺男が、今のステージまでどう上り詰めたのか。”男の格”を上げるまでの、リアルな物語だ。

Contents

Leoの現在|どん底から這い上がった男の、今のリアル

まずは、今の私の状況を先に伝える。決してこれは自慢がしたいわけじゃない。ただ、「どん底の男でもここまで変われた」という事実を伝える。

過去の私は年収200万円、投資で全財産を吹き飛ばし、財産差し押さえ、さらに堕落した生活を続け体脂肪は25%を超える、いわゆる典型的な“負け組”だった。そんな男が、40代の今、「稼ぐ・鍛える・整える」を愚直に積み上げ続けた結果がこれだ。

🏢 東証プライム上場企業 部長職/年収1000万円
💰 副業で月収188万円/収入の柱を複数構築
🏆 候補者10,869人の中から最優秀新人賞を獲得
📈 投資コミュニティを運営し在籍171名以上
📌 LINEオープンチャットの参加者2575名以上
💪 体脂肪25%→9%/ベンチプレス100kg、週6ジム
⏰ 毎朝5時起きの習慣を確立/朝活による自己成長を継続中

Leoの実績・アフィリエイトでの成果
Leo・コンテンツ販売の実績
Leoの実績・最優秀新人賞の受賞
Leoの実績・投資コミュニティ

億万長者じゃない。今、巷で派手なSNSの成功者のような経歴でもない。だが、毎日が最高に充実している。

朝5時、アラームが鳴る前に目が覚め、布団の中でダラダラする時間はゼロ。そのまま白湯を飲み、副業と読書の積み上げを行い、ジムへ向かう。週6のトレーニング。バーベルを握る瞬間、昨日の自分との勝負が始まる。前回より1レップでも多く、この小さな勝利の積み重ねが、筋肉の成長に繋がり、仕事にもメンタルの安定にも全部つながっている。

ジムから戻り、シャワーを浴びて出社。本業では部長として組織を統括しながら、夜は再び副業と投資に取り組む。トレードの分析、コミュニティの運営、コンテンツの作成など。1日24時間では足りないくらい、やりたいことがある。寝る前にその日の振り返りを書き、明日のタスクを整理して眠る。この毎日が、最高に楽しい。

「明日が来るのが待ち遠しい、1%成長できた自分をもっと積み上げていきたい」40代にして、本気でそう思える。

若い頃の私が聞いたら、100%信じないだろう。あの時の私は、朝が来るのが怖かった。明日なんて来なくていいと、本気で思っていた・・・。

20代前半|美容師、DJ、好きに夢中だった。だが、財布は常に空っぽ

私のキャリアは、美容師からスタートした。「ハサミ一本で人を変えられる」なんてカッコいい思想ではなく、当時のキムタク(木村拓哉)のドラマ「ビューティフルライフ」に影響を受け、美容の世界に憧れて飛び込んだ。最初はシャンプーすらまともにできず、先輩に怒鳴られる日々。だが、できることが一つずつ増えていくのが、たまらなく楽しかった。

そして日々の練習を繰り返し、シャンプー、パーマ、カラーと1つずつ技術を習得。初めて一人でカットを任された日の緊張は、今でも忘れない。手が震えた。だが、仕上がりを見たお客様が「いいね」と笑ってくれた瞬間の喜び。指名が入った時の誇り。美容師という仕事が、心から好きだった。

だが、残念なことに情熱と収入は比例しなかった。

美容師時代の年収は200万円台。手取りにすると、月18、19万円あるかないか。そして、この時代の美容業界にはボーナスなんて制度はない。家賃を払い、光熱費・食費を払い、練習をするための材料費や、技術習得のためのセミナー費を払えば、手元にはほとんど残らない。月に数回友達と飲んだりする程度。貯金なんてできるはずもなかった。

同年代の友人が車を買った、旅行に行った、そんな話を聞くたびに、見えないところで拳を握っていた。好きな仕事をしているはずなのに、財布は常に空っぽだった。さすがに食えない。好きな仕事を続けるためには、もう一つ働くしかなかった。

そこから昼は美容師、夜は居酒屋のバイトを掛け持し、週2〜3日、夜21時から翌2時まで夜勤でシフトに入った。サロンで一日中立ちっぱなしで働いた後、そのまま居酒屋へ直行。酔っ払った客の注文をさばき、閉店後は山積みの皿を洗い、深夜2時に店を出る。家に着く頃には身体が鉛のように重く、シャワーを浴びるまもなく泥のように眠り、翌朝また目覚ましに叩き起こされて、アシスタント業務をメインに行い、たまにカットに入る程度だった。

そんな生活を何ヶ月も続け、ダブルワークの疲労は確実に身体を蝕んでいった。サロンでハサミを握る手が重い。お客様の前で笑顔を作るのが、少しずつしんどくなっていく。好きで始めた仕事のはずだった。なのに、いつの間にか「生活のために耐える仕事」に変わっていた。

そして、20代中盤、私は美容師を辞めた。限界だった。心も身体も、もう持たなかった。好きだけでは生活は成り立たない。その現実を、1年以上のダブルワークで嫌というほど思い知った。

20代後半|自由に生きると決め、爆音が教えてくれた”次のステージ”

そこからの私はというと、まったく別の道に進んだ。美容師時代の友達に誘われて、初めてクラブに足を踏み入れた。
薄暗いフロアに響く重低音。酒を飲み、爆音に身体を預け、ひたすら音に酔いしれる。知らない人間同士が同じリズムで揺れている。誰も私のことを知らない。誰も私に何かを求めない。

美容師時代、毎日笑顔を作り続け、ダブルワークで身体を削り続けた日々とは、まるで別世界だった。ずっと押し殺していた「楽しい」という感覚が、腹の底から湧き上がってくるのを感じた。そして、その空間の中心にいるDJが目に入った。たった一人で空気を支配していた。選曲一つでフロアの熱量が変わる。ボリューム一つでオーディエンスの身体が揺れる。ブースの横で、その光景に釘付けになった。

「私もあそこに立ちたい」気づいた時には、もう決めていた。

そこからは、バイトで食いつなぎながらDJに全振りする日々が始まった。機材を買う金もなかったから、友達のターンテーブルを借りて練習し、小さなクラブのオープニングDJから始めて、少しずつ現場を増やしていった。20代前半は美容師に全振りして、身体を壊すまで働いた。その反動もあったんだと思う。20代後半は、とにかく自由に生きたかった。

世の中の同年代がスーツを着て満員電車に揺られている頃、私はまったく別の世界にいた。昼過ぎに起きて、バイトをし、夜はクラブに向かう。色んな現場で腕を磨き、どんどん大きなイベントにも出演するようになった。自分で曲を作りリリースし、海外でDJをやらせてもらう機会にも恵まれた。

そして、自分でイベントも主催するようになった。出演者を集め、フライヤーを作り、集客して当日の現場を回す。気づけば30人ほどの仲間に囲まれていた。初めて、自分の手で何かをゼロから構築するという経験をした。好きな音楽に囲まれて、好きな仲間と過ごす毎日、とにかく、毎日が刺激的で楽しかった。

だが、そんな生活を数年繰り返すうちに、気づけば30代に突入していた。周りの同年代は、キャリアを積み、家庭を持ち、着実に人生を前に進めている。私は・・・バイトで食いつなぎながら、クラブで回し続けているだけで、DJで食っていく未来は、見えなかった。これだけ全力でやった。海外にも行った。イベントも主催した。仲間もいた。

だが、通帳の残高が大きく増えることはなかった。夢と情熱だけでは、飯は食えない。美容師の時と、同じだった。

30代前半|会社員になり月100時間の残業地獄、副業にも挑戦し失敗

30歳を過ぎて、初めてサラリーマンになることを決意した。好きなことだけでは、生活が成り立たない。その現実を、20代で嫌というほど思い知った。美容師、DJ、バイト生活。どれも楽しかったが、通帳の残高は常に心もとなかった。もう、好きだけでは生きていけない。そう腹をくくって、生まれて初めてスーツに袖を通した。

選んだのは、マーケティングの会社だった。DJ時代にイベントを主催する中で、人を動かすこと、集客の導線を考え、心理を読み、行動を促す、その面白さに気づき、自分の性格に合っている。直感でそう思った。そこでネットで気になる会社に応募し、面接では、美容師、DJ、イベント主催という経歴に面接官が興味を示した。まともな職歴はない。だが、普通のサラリーマンにはない経験を持っている男が目の前にいる。その特異さが、逆に武器になった。

無事に面接を通過し、定時された金額は月給25万円、ボーナスを加味すると年収は約350~400万円。美容師時代の手取り18万円を思えば、だいぶマシだ。しかも、土日祝休み。「これで安定する」と思った。サラリーマン生活が無事スタートして、働き始め最初の1年は割と普通だった。与えられた仕事をこなし、定時とまではいかないが、そこそこの時間に帰れる日が多かった。

「サラリーマンも悪くないな」そう思い始めていた・・・が、その平穏は長くは続かなかった。

仕事ぶりが評価され、昇進した。聞こえはいい。だが、昇進とは「責任と業務量が倍になる」ということ。部下のマネジメント、クライアント対応、数字の管理、自分の仕事だけで精一杯だったのに、他人の分まで背負うことになった。とてもじゃないが、定時では終わらない。その代わりに時間を使うしか方法がなかった。

朝7時に家を出る。満員電車に押し込まれ、会社に着く頃にはすでに消耗している。終わらない会議、次々に降ってくるタスク、深夜にようやく帰宅、コンビニ弁当をかき込んで、風呂に入って、倒れるように眠る。翌朝また同じ電車に乗る。土日も出勤しなければ、業務が回らない。休日出勤が当たり前になり、残業時間はついに100時間を超えた。

それだけ働いても、給料は頭打ちだった。毎月同じ数字が振り込まれるのを見て、「これだけ削られて、これだけか」と思った。昇給は年に数千円。残業代で多少増えても、時間と体力を切り売りして頭がおかしくなりそうだった。20代は金がない代わりに自由だった。30代は拘束されすぎていた。どっちも極端だった。

だが一つだけ、はっきり分かったことがある。会社の給料だけに頼る人生には、限界がある。ということだ。

「自分の力で稼ぐ方法を見つけよう」そう決意して、貴重な休みの時間を休息にあてず、副業を始めるべくパソコンに向かい始めた。最初に挑戦したのはアフィリエイト。「ネットで稼げる」という言葉を信じて、見よう見まねで始めた。丁度、与沢翼、ヒカルがブログで稼いでいる全盛期だった。

まだネットの情報も乏しい時期に、「ネットで月収100万円、1日数分のコピペで稼げる」そんな派手な言葉が目に飛び込み、私の射幸心を激しく刺激した。「私もこうなりたい。金を稼いで、自由になりたい。」その願望を抑えられず、情報商材をいくつか購入した。

右も左も分からない状態で、ブログを立ち上げ、記事を書き、広告を貼る。毎晩、残業で疲れきった頭を叩き起こして、深夜1時、2時まで画面に向かった。もちろん休日も作業にあてたが、当然現実は甘くなかった。1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月…ついに6か月報酬ゼロ。アクセスはそこそこあるものの、成果が生まれない。何が正解か分からないまま、暗闇の中で手を動かし続ける毎日。

焦りがさらに判断を狂わせた。「この教材を買えば稼げる」「この手法なら初月から成果が出る」。そんな甘い言葉に飛びつき、高額の情報商材をいくつも購入した。3万、5万、10万、貯金を削り、クレジットカードの分割払いで手に入れたものもあった。だが、買っては実践し、結果が出ず、また別の教材に手を出す。中にはPDF数枚の詐欺商品も購入し、それを永遠繰り返していた。振り返れば、ノウハウが悪かったんじゃない。何が自分に合うのかも分からないまま、「買えば解決する」と思い込んでいた情報弱者。もちろん成果も当然でるわけない。

それでも、会社に依存する人生だけは嫌だった。だから、1日数時間だけでも作業をやめることはなかった。

日々の残業に加え、成果が一向に出ないことで、私のストレスは極限まで達した。はけ口は、酒と飯だった。仕事帰りの深夜ラーメン。コンビニで弁当を2つ買って重ね食い。嫌になった時は昼から缶ビールを空け、自暴自棄にひたる。食べて、酒に浸かっている瞬間だけは何も考えなくて済んだ。ただ、そんな怠惰な生活を続け、気づけば体脂肪は25%を超え、腹は完全にたるみきっていた。美容師時代に履けた細身のズボンのボタンが閉まらなくなり、鏡に映る自分を見て、目をそらした。


30歳で「安定」を求めてサラリーマンになったはずが、気づけば何一つ安定していなかった。残業漬けの身体、成果ゼロの副業、減り続ける貯金残高、たるみきった腹。「私の人生、こんなはずじゃなかった・・・」毎朝、満員電車に揺られながら、何度そう思ったか分からない。だが、答えなんて見つかるはずもなかった。だが、地獄はまだ終わらなかった。

30代半ば①|投資で大損、財産差し押さえのドン底人生

アフィリエイトで成果が出ない焦りの中、投資にも手を出した。最初に手を出したのは、「サイン通りに従えば月収100万円」と謳う情報商材だった。今考えればそんなものこの世にあるわけがないのは分かっているが、その当時の私はアフィリエイトでの成果も出ず、さらに経済的な成功を目的としていたため、藁にも縋る思いで、数万円を払い、教材を読み込み、サイン通りに言われた通りやってみる。だが、勝てない。

「このツールが悪かったんだ。次こそは本物だ」

そう言い聞かせて、今度は自動売買ツールを買う。「放っておくだけで月利10%」そんな甘い言葉に、また金を突っ込み、結果また負ける。再び商材を買っては失敗し、ツールを買っては失敗する。典型的な情弱ムーブの繰り返し。冷静に考えれば分かるはずなのに、「次こそは」という期待が判断力を完全に狂わせていた。

気づけば、投資に回す金すら底をついていた。だが、止まれなかった。「ここで辞めたら、今までの損が全部無駄になる」後から知ったが、これはサンクコストバイアスという心理の罠だった。当時の私は、その罠にどっぷりハマっていた。

そして、やってはいけない一線を越えた。レイク、アコムといった消費者金融だ。初めて自動契約機の前に立った時、手が震えた。「私は何をやっているんだ」頭では分かっていた。だが、借りた。借りて、また投資に突っ込んだ。

「このお金を元手にこれまでの負けを取り戻す…再起するんだ…」

そんな期待を込めるが、結果、資金が増えたのをいいことにレバレッジを高くし、大きな損失を食らい、失った。しかも、一瞬で………。画面に並ぶ赤い数字を見つめながら、指先が冷たくなっていくのを感じた。強制ロスカットをくらい再び資金が底をついた…「もう二度とやらない」そう誓った。だが、借金を返すために1秒でもはやく取り返したくて、給料日が入った直後にまた手を出す。そしてまた、失う。その繰り返し。

2015年-200万円、2016年-250万円、2017年-104万円。毎月の給料、ボーナスがそのまま相場に飲み込まれていった。3年間で500万円以上、さらに商材やツールなどで累計700〜800万円程溶かした。


会社では普通の顔をしていた。同僚と笑い、友人の前では明るく振る舞った。だが、家に帰ると現実に引き戻される。一人になった瞬間、張り続けていた糸が切れる。声を殺して涙を流した夜は、一度や二度じゃない。吐き気が止まらず、トイレで蹲る日もあった。そしてある朝、便器が赤く染まっていた。血便だった。

精神も身体も、完全に壊れかけていた。それでも、翌朝にはまたスーツを着て、何食わぬ顔で出社する。そうするしかなかった。

消費者金融の返済にも追われ、税金や公共料金の滞納が積み重なっていった。事前に督促状は届いていた。だが、届いたところで払えるものがない。封筒を開ける気力すらなかった。そしてある日、銀行口座が凍結された。人生初の、財産差し押さえだ。


30代中盤のいい歳にもなって、自分の人生すらコントロールできていない。情けなさと恐怖が、同時に腹の底から何度も何度も込み上げた。今となっては、いい経験だったと思える。だが、あの時は本気で人生が終わったと思った。友達や職場では普通の顔をしていたが、精神的にはボロボロ。よからぬことが頭をよぎった日も何度もあった。。。

しかし、そこからトレードする資金もなく、財産差し押さえを解決するべく、地に足をつけ直すことだけを考えた。

投資には一切手を出さず、仕事に集中した。毎月の給料からコツコツと借金を返済していく。派手なことは何もない。ただひたすら、マイナスをゼロに戻す日々だった。仕事では相変わらず残業漬けだったが、その分しっかり評価され、昇給もした。少しずつ、生活が安定し始めていた。

そして、以前のように残業100時間は体がキツいということも職場に伝え、月20-30時間で抑えるようにしてもらった。

以前の私なら、絶対に言えなかった。弱みを見せることだと思っていたからだ。だが、どん底を経験して一つだけ学んだことがある。限界を超えてから声を上げても、もう遅い。壊れる前に、自分で線を引くしかない。

職場は、意外にもあっさり受け入れてくれた。そして気づいた。私が勝手に「言えない」と思い込んでいただけだった。残業が減った分、帰宅後や休日に「自分の時間」が生まれた。

30代半ば②|YouTubeに挑戦し挫折。そしてブログで覚醒

毎月の借金を少しずつ返し、生活と精神が安定し始めていた。ほんの1〜2時間程度だが、自分のために使える時間ができた。どん底を知った後のその時間は、以前とはまるで重みが違った。

ただ、時間があるだけでは何も変わらない。何かにチャレンジしなければ、人生は1ミリも動かない。金はない、投資をする気力もない。だが、時間と体力だけはある。そこでお金がなくても始められるものを探した。

当時、YouTubeが爆発的に盛り上がっていた。素人がカメラ一つで人生を変えている。そんな時代だった。「やってみよう」そう思い立ち、ラーメン系のチャンネルを立ち上げた。好きだったラーメンを食べて、レビューする。シンプルなコンセプトだった。

だが、動画制作は想像以上に過酷だった。企画を考え、店に行き、撮影し、編集し、サムネイルを作り、アップロードする。たった1本の動画に、6〜8時間かかる。「一本作るのにこんな時間がかかるのか・・・YouTuberの人はみんなすごいな」。いつもは視聴者として気楽に観ていただけだった。だが、作る側に回って初めて、その裏にある途方もない労力を知った。それでも、仕事終わりの夜や休日を全部注ぎ込んで、コツコツ動画をアップし続けた。

「50本出せば、何か変わるはず」そう信じて、手を動かし続けた。結果、登録者は300人。ここまでに累計400〜500時間以上の労力を注ぎ込んで、たった300人。それだけならまだ耐えられた。だが、コメント欄が地獄だった。「つまらない」「素人は辞めろ」「誰が見るんだこんなの」画面の向こうから、顔も名前も知らない人間に、自分の努力を全否定される。

YouTubeのコメント欄なんて、視聴者側で見ている分には何とも思わない。だが、自分が時間と労力を注ぎ込んで作った動画に対して言われるのは、まるで別物だった。精神的なダメージが、想像の何倍も重い。「気にするな」「アンチはスルーしろ」そんなアドバイスがあるのは知っている。だが、私にはどうしてもそれができなかった。画面を開くたびに、胃の奥がキュッと締まる。あの感覚は、耐えられる人間と耐えられない人間がいる。私は、後者だった。

登録者は伸びない。有象無象のコメントを見るのが怖い。そしてもう一つ、決定的なことが起きていた。好きだったラーメンが、段々嫌いになってきた。撮影のために食べるラーメンは、もう「好きなもの」じゃなかった。義務だった。好きで始めたはずなのに、好きなものまで消耗していく。美容師時代と、同じだった。

そして、45本出したところでYouTuberの道は諦め、静かにチャンネルを閉じた。

ついに副業のブログで134万円達成

しかし、翌週、再びパソコンの前に座っていた。開いたのは、かつて成果ゼロで放置していたブログの管理画面だった。「またブログか…」と自分でも思ったが、あの頃とは状況が違っていた。以前やっていた時は、ネット上にまともな情報がほとんどなく、何が正解か分からないまま、闇雲に記事を量産して、当然のように結果はゼロだった。

だがこの頃は違う。成功しているブロガーたちが、具体的なノウハウを公開していた。キーワードの選び方、記事構成の型、SEOの基本、収益化の導線設計。当時の私が喉から手が出るほど欲しかった情報が、検索すれば手に入る時代になっていたため、以前の構成も、書き方も、全部変えた。

成功者のやり方を徹底的にリサーチし、愚直にマネした。自己流を捨て、「結果を出している人間の型」をそのままトレース。プライドなんて、とっくにどん底で粉々になっている。変なこだわりはもうなかった。そして、私は過去のブログをリブートした。

振り返れば、YouTubeも同じだった。45本出して300人。あれは努力が足りなかったんじゃない。そもそもコンセプト設計が間違っていた。「好きなラーメンを食べてレビューする」なんて、誰でもできることだった。差別化もなければ、ターゲットも曖昧。しかも動画は一度出したらやり直しがきかない。間違った方向に積み上げても、45本分の間違いが残るだけだ。ただすべてが無駄ではなく、反応のある動画も中には数本あったため少なからず経験値は溜まった。

その点、ブログは違った。公開した後でも、データを見ながら何度でもリライトできる。タイトルを変え、構成を直し、情報を追加する。改善を重ねるたびに、記事が育っていく。この「直せる、育てる」という特性が、私にはしっくりきていた。

そしてもう一つ、ブログには私のこれまでの経験が全部活きた。DJ時代、一人でも多くの客をフロアに集めるために、フライヤーのキャッチコピーを何十パターンも考え、SNSでの告知文を練り、どの言葉が人を動かすかを肌感覚で学んでいた。本業のマーケティングでは、データを見て仮説を立て、施策を打ち、数字で検証するサイクルを毎日回していた。集客の導線設計、ターゲットの心理を読むこと、言葉で行動を促すこと、その全てがブログに直結するスキルだった。トライ&エラーを繰り返しながら精度を上げていく。不器用な私のやり方に、ブログというメディアが合っていた。

それから成功者の型を愚直にマネし、記事を書き、分析し、リライトする。その繰り返しを、仕事終わりの夜と休日に淡々と続けた。最初の1ヶ月はアクセスがほぼゼロ。以前と同じ景色だ。だが、やっていることの質が違うという手応えはあった。2ヶ月目、検索からポツポツとアクセスが入り始めた。3ヶ月目、初めてアフィリエイト報酬が発生した。金額は5円。

自分の文章が誰かに届き、誰かの行動を動かし、報酬が生まれた。あの管理画面に初めて「0」以外の数字が表示された瞬間、私は一人パソコンの前でガッツポーズをした。そこからは、積み上げるだけだった。成功している記事のパターンを分析し、横展開する。うまくいかない記事はデータを見てリライトする。少しずつ、だが確実に、数字は伸びていった。そしてブログを再開して約1年。月の報酬が、ついにサラリーマンの月収を大きく超えた。

Leoの実績・アフィリエイトでの成果


「自分の力で、会社の給料以上にと稼ぐことができた」

あの瞬間の感覚は、一生忘れない。美容師時代の年収200万円、成果ゼロのアフィリエイト、投資の大損、消費者金融で借金、財産差し押さえ、YouTube失敗…全部の失敗を経て、ようやくたどり着いた景色だった。

初めて、自分の力を信じることができた。あれだけ失敗を重ねてきた私でも、正しい方向に愚直に積み上げれば、結果は出る。その確信が持てた瞬間、見える世界が変わった。記事を書くのが楽しくなり、数字が伸びるのを見るのが喜びになった。あの頃の私は、成功体験に人生で一番ワクワクしていた。

だが、、、順調にいってた矢先、会社が牙を剥いた。

組織改編で人が減り、私のところに仕事が雪崩れ込んできた。せっかく月20〜30時間に抑えてもらっていた残業が、気づけばまた100時間に逆戻りしていた。朝7時に出社し、深夜に帰宅。パソコンを開く頃には、目がかすんで画面の文字が読めない。ブログを書く時間が、物理的に消えた。

ようやく芽が出たのに。ようやく「自分の力で稼げる」と証明できたのに。この会社にいる限り、同じことの繰り返しだ。会社の都合一つで、自分の人生を全部持っていかれる。その構造自体が、もう限界だった。

身体も確実に悲鳴を上げていた。朝起きるのが辛い。疲れが翌日に残る。以前は気合いで乗り切れた100時間が、30代後半になり、頭の回転は鈍くなり、判断ミスが増え、集中力が持たなくなっていた。

「この会社にいたら、身体が壊れる。そしてブログも、また止まる」この2つの理由が重なった時、迷いは消えた。転職を決めた。

30代後半①|転職で年収150万アップ、”市場価値”という武器を知る

転職活動は、正直不安しかなかった。美容師、DJ、バイト生活を経て33歳でようやくサラリーマンになった男だ。まともな職歴なんてこの会社しかない。しかも副業も投資も失敗だらけ。こんな経歴で、どこが拾ってくれるのか。
だが、蓋を開けてみれば、これまでの経験が思わぬ形で評価された。

副業に挑戦したこと、投資に挑戦したこと、失敗を重ねながらも行動し続けたこと。面接官はそのアグレッシブさを買ってくれた。さらに、ブログで月収をサラリーマン並みに稼いだ実績が決め手になった。「個人でここまでやれる人間が、うちの組織に入ったらどうなるか」面接官の目の色が変わったのを、今でも覚えている。

提示された年収は550万円、前職から150万円アップだ。550万円は日本の給与所得者全体の中で上位33%に入る水準。さらに、40代後半〜50代前半の平均年収が約521万〜540万円と言われている中で、30代後半の時点でそのラインに到達した。

出典:三菱UFJ銀行「平均年収はいくら? 年齢・年代別、男女別、職業別などで解説

この瞬間、頭を殴られたような衝撃が走った。前の会社で毎日残業して、休日も出勤して、3年かけてようやく数万円の昇給だった。それが、転職という選択一つで、一瞬で150万円上がった。

会社の中で評価されることだけに必死になって、「会社の外での自分の価値」を考えたことがなかった。市場価値という言葉を、この時初めてリアルに理解した。会社に忠誠を尽くしても、給料は会社が決める。だが、自分のスキルと経験を磨き続ければ、市場が値段をつけてくれる。しかも、失敗の経験すら武器になる。

そして、新しい職場は、嘘みたいにホワイトだった。定時を過ぎれば帰れる。週末もちゃんと休める。前の会社では考えられなかった「自分の時間」が、毎日ある。

だが、この時間をどう使うかで、すべてが決まる。それだけは分かっていた。前職で100時間残業に逆戻りして、強制的に止められていたブログだ。記事の資産はそのまま残っていた。リライトし、新記事を追加し、再び積み上げを始めた。そしてもう一つ、この時期に始めたことがある。筋トレと習慣化だ。

30代後半②|筋トレ、習慣化。人生が噛み合い始めた

転職で「自分の時間」を手に入れた。だが、時間があるだけでは何も変わらない。この時間をどう使うかで、人生が決まる。それだけは分かっていた。

ひとまずブログを再開した。前職で100時間残業に逆戻りして、強制的に止められていたブログだ。記事の資産はそのまま残っていた。リライトし、新記事を追加し、再び積み上げを始めた。今度は、誰にも邪魔されない環境がある。

だが、この時期に変わったのは副業だけじゃなかった。転職をきっかけに、私の人生を根本から変える二つのものに出会った。それが、「筋トレ」「習慣化」だ。この二つが、稼ぐ力しかなかった私に「鍛える」「整える」という新しい軸を与えてくれた。

そして、この3つが噛み合った瞬間から、人生の歯車が一気に回り始めた。

体脂肪25%の「THE・中年太り」から体脂肪9%への逆襲

きっかけは、転職先の同僚だった。同い年なのに、身体つきがまるで違う。スーツの上からでも分かる肩幅、姿勢の良さ、何より顔つきに覇気がある。聞けば、週4でジムに通っているという。

その日の夜、風呂上がりに鏡の前に立った。そこにいるのは、THE・中年太りの自分だった。体脂肪25%超え。腹は完全にたるみ、ベルトの上に肉が乗っている。胸板は薄く、腕は細いのに腹だけが出ている。顎のラインはぼやけ、顔全体がむくんでいた。暴飲暴食のツケが、一切の言い訳を許さない形で身体に刻まれていた。

「変わりたい」なんて前向きな気持ちではなく、このままの自分が嫌だった。それだけ。

だが、現実は甘くない。ジムに通い始めた人間の6割以上は、3ヶ月以内に辞める。1年後も続けている人間は、わずか4%未満だ。

つまり、ほとんどの人間が「変わりたい」と思っても、変われないまま終わる。それでも私は翌日、近所のジムに入会した。最初はとにかく手探りだった。ジムに置いてあるマシンを適当に触り、なんとなくそれっぽい動きをしてみる。何をどう鍛えればいいのか、まるで分かっていなかった。

だが、ネットや書籍で調べていくうちに、一つの答えにたどり着いた。BIG3:ベンチプレス、スクワット、デッドリフトだ。この3種目だけで、胸、背中、脚と全身の大きな筋肉を効率よく鍛えられる。「初心者はまずこの3つをやれ。」どのサイトにも、どの本にも書いてあった。

マシンをあれこれ触り回していた時間を全部やめて、BIG3に集中した。すると、明らかに身体の変化が違った。胸板が厚くなり始め、背中に広がりが出て、脚が安定してきた。適当にやっていた頃とは、成長のスピードがまるで違う。「何をやるか」より「何に集中するか」で結果が変わる。

だが、BIG3を始めてしばらくすると、壁にぶつかった。重量は少しずつ上がっているのに、思ったほど身体が変わらない。なぜだ…。だが、調べていくうちに、答えが見つかった。フォームが崩れていたのだ。

そこから、重量を追うことをいったんやめた。軽い重量に落として、正しいフォームで丁寧に動かすことだけに集中した。すると、気づいたことがある。同じ重量でも、フォームを正確にするだけで、狙った筋肉への効き方がまるで違う。

今まではただバーベルを持ち上げていただけだった。だが、正しいフォームで動かすと、「今、大胸筋に負荷がかかっている」「ここで背中の筋肉が収縮している」という感覚が生まれる。重い重量を雑に上げるより、軽い重量を正確に効かせる方が、はるかに筋肉は成長する。地味だが、この気づきが筋肉の成長を一気に加速させた。

週3から始め、少しずつ週4、週5とジムに行くペースが増えていく中で、「分割法」を取り入れるようになった。月曜は胸と三頭筋、水曜は背中と二頭筋、金曜は脚と肩。部位ごとに日を分けることで、一つの部位に集中して追い込める。しかも、鍛えた部位を休ませている間に別の部位を鍛えるから、身体全体の回復サイクルが回る。

現在の週6まで行く頻度を上げられたのは、この分割法のおかげだった。前回より1kgでも重く、1レップでも多く。この小さな勝利を積み重ね、純粋に「成長している」と実感できることが、たまらなく楽しかった。

そして、もう一つ決定的に変わったことがある。食事だ。

筋トレの世界には「ジム3割、食事7割」という言葉がある。どれだけハードにトレーニングしても、食事が乱れていたら身体は変わらない。私は「PFCバランス」という考え方を知った。タンパク質(Protein)、脂質(Fat)、炭水化物(Carbohydrate)、この3つの栄養素のバランスを意識して食事を組み立てる。

深夜のラーメンやコンビニ弁当の重ね食いをやめ、鶏胸肉、卵、ブロッコリー、オートミール。タンパク質を体重×2gを目安に摂り、余計な脂質を抑え、トレーニング前後に炭水化物を入れる。最初は味気ないと思った。だが、食事を変えた途端、身体の反応が明らかに変わった。筋肉の張りが違う。回復が速い。体脂肪がみるみる落ちていく。

「筋トレの成果は、キッチンで決まる」この言葉の意味を、身をもって理解した。

だが、体脂肪を本気で落とすには、筋トレと食事だけでは限界があった。そこで取り入れたのが、「有酸素運動」だ。最初は筋トレ後に20分のウォーキングから始めた。筋トレで糖質を使い切った後に有酸素をやると、脂肪がエネルギーとして燃焼されやすい。これを知ってから、筋トレ後の有酸素を必ずセットにした。

ウォーキングから始めて、慣れてきたらインクラインをつけたトレッドミルに変え、時にはHIIT(高強度インターバルトレーニング)も取り入れた。20秒全力で走り、10秒休む。これを8セット。たった4分で心拍数が限界まで上がり、脂肪燃焼効果が何時間も持続する。

さらに、朝の空腹時にも有酸素を取り入れた。体内の糖質が枯渇した状態で動くことで、脂肪がダイレクトにエネルギーとして燃える。ただし、空腹のまま走れば筋肉も分解されるため、それを防ぐために、EAA(必須アミノ酸)を飲んでから歩くようにした。脂肪は燃やす。だが、筋肉は一切減らさない。攻めと守りを両立させた。

筋トレで筋肉をつけて基礎代謝を上げ、食事で余計な脂肪の摂取を抑え、有酸素で脂肪を燃やす。この3つが揃った時、身体の変化が一気に加速した。

筋トレを始めて数年。最初は自分の体重すらまともに上がらなかった身体が、見違えるように変わっていた。体脂肪は25%から9%まで落ちた。鏡に映る身体は、30代前半の自分とは完全に別人だった。あの頃、腹がたるみきった自分を見て目をそらしていたが今は、鏡を見るのが楽しい。


そしてある日、試しに朝、出社前にジムへ行ってみた。最初は眠くて死にそうだった。だが、トレーニング後にシャワーを浴びて出社すると、明らかに何かが違う。頭の回転が速い。判断にキレがある。集中力が途切れない。夕方になってもエネルギーが残っている。

「筋トレは身体だけじゃなく、仕事のパフォーマンスも変える」

これは発見だった。筋トレは見た目を変えるためだけのものだと思っていたが、違った。仕事の質、判断力、メンタルの安定、全部が底上げされる。身体への投資が、人生のあらゆる面にリターンを返してくる。この実感が、私の生活をさらに充実した日々へと変わり始めた。

良い習慣の連鎖反応|食事→睡眠→朝活→仕事、全部が繋がった

筋トレの成果をもっと出したい。その一心で、食事を変えた。深夜のラーメンやコンビニ弁当の重ね食いをやめ、タンパク質を意識した自炊に切り替えた。酒の量も自然と減った。すると、思わぬことが起き始めた。

食事が変わると、睡眠の質が上がった。睡眠が良くなると、朝の目覚めが変わった。朝の目覚めが変わると、ジムに行く気力が湧く。そしてジムに行くと、仕事のパフォーマンスが上がる。仕事がうまく回ると、副業にも集中できる。

一つの習慣が、次の習慣を引き連れてくる。まるでドミノだった。筋トレという一枚目のドミノを倒しただけで、食事、睡眠、朝活、仕事、副業。全部が連鎖的に変わっていった。

ただ、ここまで来るのは簡単じゃなかった。

正直に言う。私は意志の力が弱い人間だ。三日坊主の常連だった。「明日からやる、私なら必ずできる」が口癖で、その明日は永遠に来なかった。だからこそ、意志の力に頼らない方法を必死に探し、ネットや書籍で見つけた習慣化のテクニックを、片っ端から試していった。

まず取り入れたのが「スモールスタート」だ。いきなり大きな目標を立てない。毎朝5時に起きる生活も、最初から5時に起きたわけじゃない。まず昨日より5分だけ早く起きる。それだけ。翌週はさらに5分早くする。身体に負荷を感じさせないくらいの小さな変化を積み重ねて、少しずつ起床時間を前倒していった。筋トレも同じだ。最初から週6なんて無理だった。まず週2から。それが週3になり、週4になり、気づけば週6が当たり前になっていた。いきなり理想の生活を作ろうとするから挫折する。ハードルを限界まで下げて、まず始める。これが全ての土台。

次に「If-Thenプランニング」。「朝起きたら(If)、すぐにトレーニングウェアに着替える(Then)」。行動のトリガーをあらかじめ決めておくことで、考える隙を与えない。モチベーションがある日もない日も関係ない。条件が発動したら、自動的に動く。この仕組みを作ったことで、「今日はやめておこうかな」という迷いが消えた。

実際、私の朝はこうだ。「5時に起きたら白湯とEAAを飲む → イメージングとアファメーション → 頭皮マッサージ → ジャーナリングで思考を整理 → 暖かい緑茶でカフェインを摂取 → ブログ作業を45分 → 6時にジムへ向かう」起床から1時間、毎朝まったく同じ流れだ。一切考えない。ロボットのように、決まった順番で決まったことをやる。だからこそ、365日止まらない。

そして「ハビットスタッキング」。既にある習慣に、新しい習慣を積み重ねる手法だ。朝起きる→白湯を飲む→ジムに行く→シャワー→読書。この一連の流れをセットにして、毎朝同じ順番で回す。一つひとつを独立した習慣として管理するんじゃなく、全部を一本の線で繋げる。そうすることで、最初の一歩さえ踏み出せば、あとは流れに乗るだけになった。歯磨きのように、考えなくても身体が勝手に動く。そこまで持っていくのがゴールだった。

副業のブログ作業には「ポモドーロ・テクニック」を使った。25分集中して、5分休憩する。このサイクルを繰り返す。仕事終わりの疲れた頭でも、「まず25分だけ」と思えば手が動く。長時間ダラダラやるより、短い集中を繰り返す方が圧倒的に生産性が高かった。このテクニックのおかげで、限られた夜の時間でもブログの記事を着実に積み上げることができた。

そして「ジャーナリング」。毎晩、その日やったこと、感じたこと、明日やることをノートに書き出す。5分もかからない。だが、この5分が絶大な効果を発揮した。頭の中でぐるぐる回っている思考を紙に出すことで、何がうまくいって何がうまくいかなかったかが明確になる。「書く瞑想」とも呼ばれるこの習慣は、感情ではなくデータで自分を振り返る力をくれた。

どのテクニックも、特別なものじゃない。ネットや書籍を探せば、誰でも見つけられる情報だ。だが、「知っている」と「やり続けている」の間には、とんでもない溝がある。私はその溝を、全部のテクニックを実際に試し、自分に合うものを残し、合わないものを捨てることで埋めていった。

気づけば、毎朝5時に起きることが苦じゃなくなっていた。目覚ましが鳴る前に身体が勝手に起きる。白湯を飲み、瞑想で頭をクリアにする。そこからブログの記事を書き、コンテンツを作り、数字を分析する。身体が覚めてきたタイミングでジムへ向かう。週6のトレーニングはもう当たり前になっていた。


セット間のレストタイムには本を開く。周りのトレーニーからは変な目で見られるが、知ったことではない。インプットなくしてアウトプットの質は上がらない。使える時間は、全部使う。

トレーニングを終え、シャワーを浴びて出社。日中は本業に集中する。たまに残業もあるが、以前の職場で100時間を経験した身体には屁でもない。定時付近で帰れる日は、夜も副業に充てる。1日24時間では足りないくらい、やりたいことがある。だが不思議と、疲弊していない。身体が整い、習慣が整い、思考が整っているから、エネルギーが枯渇しない。

30代前半を思い出した。残業100時間で身体を壊し、暴飲暴食で腹がたるみ、投資で全財産を吹き飛ばし、人生のすべてがコントロール不能だったあの頃。あの男と今の自分が、同一人物だとは思えなかった。

「稼ぐ、鍛える、整える」この3つが完全に噛み合い始めた。

まだ言語化はできていなかった。だが、仕事で成果を出し、身体を鍛え、習慣で日々を整える。この3つが揃った時、人生が加速度的に良くなっていくという確信が、身体の奥から湧き上がっていた。後に男磨きラボのコンセプトとなる原体験が、この時期に全部詰まっている。

40代前半|借金地獄から、ランキング1位と年収1,000万円へ

40代に突入した時、初めて「人生が噛み合っている」と感じた。身体は変わり、習慣も固まり、本業も副業も順調に回っている。だが、一つだけ目を背け続けていたものがあった。

投資だ。30代前半で全財産を吹き飛ばし、消費者金融に手を出し、財産を差し押さえられた投資。普通なら二度と触れたくない世界だ。だが、逃げたままでは、あの失敗が「ただの損失」で終わってしまう。だから、もう一度挑戦することを決めた。

今回は手法を学ぶ前に、まずメンタルと向き合った。投資は「メンタルが9割」とよく言われる。30代の頃は、その意味がまったく分かっていなかったが、身をもって理解した。あの頃の私は、手法以前の問題だった。負けを取り返そうと熱くなり、ロットを上げ、損切りができず、借金してまで突っ込んだ。全部、メンタルの崩壊が原因だった。

どれだけ優れた手法を持っていても、恐怖と欲望に支配された状態では、ルール通りに動けない。逆に、メンタルが安定していれば、シンプルなルールでも淡々と回せる。勝つために必要なのは、「すごい手法」じゃない。「決めたルールを、感情に左右されずに実行し続ける力」だ。

そこから、事前にトレードルールを徹底的に作り込んだ。この形になったらエントリーする、この水準で損切りする、条件が揃わなければ、何もしない。そして、その相場が来るまでひたすら「待つ」。やったことは、それだけだ。すると、意外なほどすんなり勝てるようになった。


だが、少し驚いていた。なぜ、こんなシンプルなことで勝てるようになったのか。

考えてみて、気づいた。それが「筋トレ」と「習慣化」のおかげだった。毎朝同じ時間に起き、同じルーティンをこなし、感情ではなく仕組みで動く。この「自分をコントロールする力」が、そのままトレードに直結していた。チャートの前で冷静でいられるのは、日常生活で自分を律する習慣が土台にあったからだ。

そして今度は、この経験をコンテンツにした。稼げるようになった手法をただ並べるだけなら、誰でもできる。だが私には、「稼げなかった時代」がある。情報商材に金を突っ込み、自動売買ツールに騙され、消費者金融に手を出し、全財産を失った経験がある。

だからこそ、かつての私と同じように苦しんでいる人間の気持ちが分かる。何が分からないのか、どこで判断を間違えるのか、なぜ損切りができないのか。その痛みを知っているからこそ、そこに寄り添うコンテンツを作ることができた。

手法だけを教えるのではなく、「なぜ負けるのか」「どうすればメンタルを保てるのか」「稼げない時期をどう乗り越えるのか」。稼げなかった実体験をベースに、かつての自分のような人間が本当に必要としている情報を詰め込んだ。そしてコンテンツだけで終わらせず、コミュニティも立ち上げた。一人で戦うから折れる。同じ志を持つ仲間がいるから、続けられる。あの頃、私自身が一番欲しかった環境を、自分で作った。

結果、投資コンテンツは某プラットフォームでランキング1位を獲得。候補者10,869人の中から最優秀新人賞を受賞し、現時点でのコミュニティ参加者は171名になった。

Leoの実績・最優秀新人賞の受賞
Leoの実績・投資コミュニティ

全財産を失い、財産を差し押さえられ、一人で震えていた…あの瞬間は地獄でしかなかった。生きる意味すら見失っていた。何度も「もうやめよう」と思った。投資も、努力も、全部投げ出して、何もかも諦めた方が楽だと思った。

だが今、その経験が一番の資産になっている。こうしてネタにすらできている。

あの時に諦めていたら、投資で勝てるようにもなっていない。コンテンツも生まれていない。副業での成果もない。ましてや、鍛え、整えることの力も知らないまま、腹の出た身体で、コントロールを失った生活を送り続けていたかもしれない。何一つ存在しない世界線で、あの頃の自分のまま生きていたかもしれない。

特別な才能があったわけじゃない。ただ、諦めなかった。どん底でも、一つだけ前に進むことをやめなかった。ひたむきに続けた。それだけだ。

転職から3年。部下ゼロから部長職、年収1,000万円

副業も投資も、諦めずに続けたことで結果が出た。だが、変わったのはそれだけじゃない。本業でも、すべてが噛み合い始めていた。

30代後半に初めて転職を決め、前職から年収150万円アップ。副業も投資も回り始め、「稼ぐ・鍛える・整える」が自分の中で形になりつつあった。だからこそ、本業でも妥協したくなかった。

だが、転職先では誰も私のことを知らない。肩書きも実績もゼロからのスタートだった。最初は一人、チームもなければ、部下もいない。だからこそ、やることはシンプルだった。目の前の仕事に集中し、一つずつ成果を出す。それだけだ。

派手なことはしなかった。ただ、任された仕事を確実に仕上げ、期待を少しだけ超える。それを愚直に繰り返した。すると、少しずつ見える範囲が広がっていった。任されるプロジェクトの規模が変わり、それに伴って部下が一人、二人、三人と増えていく。気づけば、組織をゼロから立ち上げ、統括する立場になっていた。

そしてついに、転職から3年経ち部長職に就いた。提示された年収は1,000万円。最初の給料が振り込まれた瞬間、私は静かにガッツポーズした。

Leoの実績・東証プライムの部長


国税庁調査(令和5年分)だと年収1,000万円は、日本の給与所得者の上位わずか6.2%。平均年収478万円の倍以上で、100人いたら6人しか届かない世界だ。

だが、この数字を見て満足したかと言えば、そうじゃない。ここがゴールだとは一度も思わなかった。今の会社でやれることはまだまだあるし、組織をもっと大きくできるし、成果ももっと出せる。今の私のマインドだと、1,000万円は通過点でしかない。

美容師時代の年収200万円台。あの頃の私が聞いたら、冗談だと思うだろう。だが、これは一発逆転で手に入れたものじゃない。転職で市場価値を知り、スキルを磨き、成果を出し続けた結果、市場と会社への貢献度が値段をつけてくれた。派手な近道なんてどこにもなかった。毎日の1%の積み上げが、気づけばここまで連れてきていた。

「稼ぐ・鍛える・整える」

30代後半からぼんやりと感じていたこの3つの歯車が、40代でついに完全に噛み合った。稼ぐ力が生活を支え、鍛える習慣が身体と精神を作り、整えた思考とルーティンがすべての土台になっている。どれか一つが欠けても、今の自分はいない。

人生を100%生き抜くための「9つの鉄則」

ここまでの私の人生を振り返ると、正直、笑えるくらい遠回りしてきた。美容師で身体を壊し、DJで金が尽き、サラリーマンになれば残業100時間で潰れかけ、副業は成果ゼロ、投資で全財産を吹き飛ばし、消費者金融に手を出し、財産を差し押さえられ、YouTubeは50本出して撃沈。

何をやっても失敗。何度やっても失敗。才能なんて、一つもなかった。

だが、そんな男でも、年収200万円が1,000万円になった。体脂肪25%が9%になった。全財産を失った男が、投資で安定して稼ぎ、コンテンツでランキング1位、最優秀新人賞を獲った。毎朝5時に起き、週6でジムに通い、本業でも副業でも成果を出し続けている。

すべて、稼ぐ・鍛える・整えるを愚直に積み上げた結果だ。

だが、かつての私のように、仕事に追われ、金に苦しみ、身体がたるみ、自分に自信を持てない男はたくさんいる。さらに昨今、世の中には情報が溢れている。「これだけで稼げる」「これだけで痩せる」「これだけで人生変わる」。そんな甘い言葉は腐るほどある。私も過去に何度もそういう情報に踊らされ、金を失い、時間を無駄にしてきた。

稼ぐにも、鍛えるにも、整えるにも、結果を出すための原理原則がある。
流行りの方法論やテクニックは次々と変わる。だが、その奥にある本質は変わらない。

男磨きラボには、その本質だけを載せている。表面的なノウハウではなく、一生使える本質を届ける。すべてが私自身のリアルな経験と、そこから掴み取った原理原則だ。過去の私のように、何をやっても上手くいかず、自分に自信を持てず、それでも変わりたいともがいている男を、一人でも多く救いたい。そういう想いで、このメディアを立ち上げた。必ず、Broの役に立つと確信している。

そして、これだけの遠回りと失敗を経て、私が骨の髄まで叩き込まれた9つの鉄則がある。男磨きラボの記事を一つずつ読み進めていけば、Broにもきっとこの鉄則が身に染みてくるはずだ。

男磨き9つの鉄則

① 止まる者は、沈む

世の中は止まらない。テクノロジーも、経済も、周りの人間も、毎日少しずつ前に進んでいる。その中で自分だけ立ち止まったら、それは現状維持じゃない。相対的に後退しているのと同じだ。「今のままでいい」という言葉は、心地よく聞こえる。だが、その心地よさに浸った瞬間、気づかないうちに沈んでいく。現状維持という選択肢は、この世に存在しない。進むか、沈むか。その二択しかない。

② 毎日の積み上げが、凡人を別人に変える

1日1%の成長は、365日で37.8倍になる。派手な一発逆転なんていらない、地味な1%を、毎日やれ。昨日より1ページ多く読む。昨日より1分早く起きる。昨日より1レップ多く上げる。その一つひとつは、誰にも気づかれないほど小さい。だが、それが365日積み重なった時、振り返った景色はまるで別世界だ。才能がなくても、センスがなくても、1%の積み上げだけは誰にでもできる。凡人が別人になる唯一の方法は、これしかない。

③ 苦しみは成長の証だ

楽な道を選んで成長した人間は一人もいない。筋トレでバーベルを握った時の苦しさ、仕事で限界まで追い込まれた時のプレッシャー、新しいことに挑戦して恥をかいた時の惨めさ。全部、キツい。だが、そのキツさの正体は「今まさに自分の器が広がっている音」だ。筋肉は、繊維が破壊されて初めて太くなる。人間も同じだ。痛みを避けるな。痛みの先にしか、成長はない。

④ 守破離。まず型を盗み、成功者をマネる

自己流でうまくいくのは、天才だけだ。凡人が我流でやれば、時間と金を無駄にするだけで終わる。まずは成功者の型を徹底的にトレースしろ。なぜその順番なのか、なぜその方法なのか、考える前にまず真似る。型を完全に身につけた後に、初めて自分なりのアレンジが生きてくる。武道の世界では「守破離」と言う。守:師の型を忠実に守る。破:型を理解した上で崩す。離:型から離れ、自分のスタイルを確立する。最初の「守」を飛ばした人間に、「離」は永遠に訪れない。

⑤ 習慣は意思ではなく、仕組みで作る

やる気がある日に頑張るのは、誰でもできる。問題は、やる気がない日だ。モチベーションは天気と同じで、自分ではコントロールできない。だから、モチベーションに頼る人間は必ず三日坊主で終わる。必要なのは、やる気の有無に関係なく身体が動く「仕組み」だ。朝起きたらウェアに着替える、ジムに着いたらまずBIG3、帰宅したらパソコンを開く。考える前に、身体が動くようにセットする。習慣の力は、意志の力を圧倒する。仕組みで動く者だけが、365日休まず前に進み続けられる。

⑥ 失敗の数だけ、勝ちパターンが増える

挑戦して失敗した経験は、一つも無駄にならない。失敗するたびに「これはダメだった」というデータが一つ増える。そのデータが判断力になり、次の挑戦の打率を確実に上げる。10回失敗した人間は、10個の「やってはいけないこと」を知っている。100回失敗した人間は、100個の地雷の場所を把握している。失敗は恥じゃない。挑戦した証だ。本当に恐れるべきは、失敗することじゃない。失敗から何も学ばず、同じ過ちを繰り返すことだ。

⑦ 群れるな、比べるな、腐るな。

SNSを開けば、成功者の輝かしい投稿が目に飛び込んでくる。あいつは年収がいくらだ、あいつはあんな身体をしている、あいつはあんな生活をしている。比べた瞬間、焦りが生まれる。焦ると、自分の軸がブレる。軸がブレると、積み上げてきたものまで疑い始める。他人のハイライトと、自分の舞台裏を比べるな。そんなものは比較にならない。昨日の自分より1レップ多く上げたか、昨日の自分より1ページ多く読んだか、昨日の自分より1分早く起きたか、それだけでいい。

⑧身体が変われば、人生のすべてが動き出す

身体が変われば、メンタルが変わる。鏡を見るのが怖かった自分が、鏡の前で自信を持てるようになる。メンタルが変われば、行動が変わる。「どうせ無理だ」が「やってみよう」に変わる。行動が変われば、結果が変わる。仕事の成果、人間関係、収入、全部が連鎖的に動き始める。そしてその結果が、さらに身体を鍛えるモチベーションになる。この正のスパイラルの起点は、いつも身体だ。だから言い切る。人生を変えたければ、まず身体を変えろ。すべての変化は、そこから始まる。

⑨ 365日、毎日1%の男磨きを積み上げ続けろ

今日やったことは、明日すぐには見えない。1週間経っても、たいして変わらない。だから多くの人がここでやめる。「やっぱり意味がなかった」と。だが、やめなかった人間だけが知っている。積み上げた努力は消えない。複利のように静かに膨らみ続け、ある日突然、目の前の景色が一変する瞬間が来る。1日サボっても、誰にも気づかれない。だが、自分だけは知っている。その1日の空白が、積み上げてきたリズムを崩すことを。逆に、誰にも気づかれない1日の1%を積み上げた自分を、自分だけは知っている。その小さな誇りが、翌日の1%を生む。365日。1日も欠かさず、自分を磨き続けろ。男磨きに完成はない。だからこそ、毎日やる意味がある。

男磨きに終わりはない。1%を積み上げ続け未来を変えよう。

Bro、今どんな状況にいる?

仕事がキツいか。金が足りないか。身体がたるんできたか。朝起きるのが辛いか。「このままでいいのか」と、漠然とした不安を抱えているか。もしその中の一つでも当てはまるなら、男磨きラボは必ず役に立つ。

男磨きラボには、稼ぐ・鍛える・整えるの3つの軸で、先人たちの知恵や成功者の経験を、誰でもすぐに取り組めるレベルまでかみ砕いて詰め込んでいる。難しい理論を並べるんじゃない。「明日から何をすればいいか」が分かるように、全部を実践ベースで伝えていく。

そして私自身も、まだまだ学びの途中だ。毎日1%の積み上げを続けている最中の人間が、学んだこと、試したこと、失敗したこと、うまくいったこと。そのリアルもそのまま共有していく場所。それが男磨きラボだ。

完成した人間が上から教える場所じゃない。一緒に学び、一緒に磨き、一緒に成長していく場所だ。

私はこれからも毎朝5時に起きて、ジムでバーベルを握り、仕事に全力で向き合い、新しい知識をインプットし、コンテンツを作り続ける。昨日の自分を1%でも超えるために、明日もまた同じことを繰り返す。その先に、まだ見たことのない景色があると信じているから。

そしてBro、一つだけ覚えておいてほしいことがある。

人間は、1時間後には聞いたことの70%を忘れる。翌日には、たった5%しか残っていない。つまり、このページを読んで「いいな」と思った気持ちも、何もしなければ明日にはほとんど消えている。「いつかやろう」の「いつか」は、永遠に来ない。

私が何年もそうだったから、断言できる。だからこそ、今すぐ動ける1%から始めてほしい。記事を一つ読むだけでいい。腕立てを1回やるだけでいい。明日の朝、5分だけ早く起きるだけでいい。

その「たった1%」が、明日の1%に繋がり、1週間後、1ヶ月後、半年後、1年後。振り返った時に、とんでもない場所に立っている自分に気づく。

今日が、人生で一番若い日だ。明日じゃない。来週じゃない。今日だ。今、このページを読み終えたこの瞬間が、Broの人生が変わる1%の始まりになる。男磨きに、遅すぎるなんてことは絶対にない。Welcome to 男磨きラボ。一緒に、人生の”格”を上げていこう。

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