人生は、いつからでも巻き返せる。
年収200万円台、残業地獄、投資で全財産を失い、財産差し押さえ、副業では何年も成果が出ず、酒と飯に逃げ、気づけば体脂肪は25%超え。そんな男でも、人生は変えられた。一発逆転したわけじゃない。ある日突然、才能が開花したわけでもない。人生を変えてくれる誰かが現れたわけでもない。
「稼ぐ・鍛える・整える」を、一つずつ積み上げただけだ。
私は今、40代。東証プライム企業で部長職として組織を率いながら、副業でも複数の収入の柱を持ち、毎朝5時に起きて週6でジムに通っている。
朝、目覚ましが鳴る少し前に目が覚める。昔のように「あと5分だけ」と布団にしがみつくこともない。身体を起こし、白湯を飲み、まだ街が静かな時間から自分のやりたいことを始める。仕事も、トレーニングも、新しいことを覚えるのも、何かを作るのも楽しい。
「明日が来るのが待ち遠しい」40代になった今、本気でそう思っている。
だが、ここまでの道のりはまったく順調じゃなかった。何かを始め、失敗し、落ち込む。「もう二度とやらない」と誓う。それなのに数日経つと、またネットで何かを調べ、新しいことを始めている。
投資で大金を失った時ですらそうだった。「さすがに今回は懲りた」と思ったはずなのに、時間が経てばまた「次はいけるんじゃないか」と考えている。今振り返れば、自分でも呆れるほど懲りない男だった。ただ、この懲りの悪さだけは、結果的に私を救ってくれた。
これは、華麗な成功談ではない。むしろ、「そこまでやらかすか?」と笑いたくなる場面の方が多い。
失敗だらけだった一人の男が、どうやって人生を立て直し、「稼ぐ・鍛える・整える」を積み上げてきたのか。そのリアルな記録だ。
Leoの現在|どん底から這い上がった男の、今のリアル
まずは、今の私の状況を先に伝える。決してこれは自慢がしたいわけじゃない。ただ、「どん底の男でもここまで変われた」という事実。
過去の私は年収200万円台。投資で全財産を吹き飛ばし、財産差し押さえ、仕事のストレスから酒と飯に逃げ、体脂肪は25%超え。文字通り、人生のどん底にいた。そんな男が40代になった今、「稼ぐ・鍛える・整える」を愚直に積み上げ続けた結果・・・
【稼ぐ】
🏢 東証プライム企業 部長職/年収1,000万円
💰 副業月収188万円/収入の柱を複数構築
🏆 候補者10,869人の中から最優秀新人賞を獲得
📈 投資コミュニティを運営し在籍171名以上
📌 LINEオープンチャット参加者2,575名以上
【鍛える】
💪 体脂肪25% → 9%
🏋️ ベンチプレス、スクワット、デッドリフト100kg以上
🔥 週6トレーニングを継続
【整える】
⏰ 毎朝5時起き
🌅 朝活を生活の土台に
⚙️ 意志力に頼らず、習慣と仕組みで行動を継続








億万長者になったわけじゃない、有名人になったわけでもない。SNSを開けば、私より金を持っている人間も、いい身体をしている人間も、派手な生活をしている人間もいくらでもいる。
それでも今、毎日が最高に充実している。正直、これが一番嬉しい。昔は「金さえあれば人生は変わる」と本気で思っていて、年収が上がれば幸せになる、投資で一発当てれば自由になれる、副業で大金を稼げれば全部うまくいくと、ずっとそう考えていた。
でも違った。
朝5時、目覚ましが鳴る前に目が覚める。布団の中でダラダラする時間はほとんどなく、そのまま白湯を飲んで頭を起こし、副業や読書に時間を使う。6時になればジムへ向かい、まだ完全には目を覚ましていない街を、人通りの少ない少し冷たい空気の中、一人で歩いていく。その時間が好きだ。
バーベルを握れば、昨日の自分との勝負が始まる。前回より1レップでも多く、ほんの小さな勝ちだ。それでも、その小さな勝利が積み重なっていく感覚がたまらなく楽しい。昔なら仕事へ行く前からすでに疲れていたが、今は仕事が始まる前に一つ自分との約束を果たしている。その感覚が、一日のスタートをまったく違うものにしてくれる。
ジムを終えたらシャワーを浴びて仕事へ向かい、本業では組織を率いる。夜や休日には副業、投資、コンテンツ制作、コミュニティ運営にも取り組み、寝る前にはその日のことを振り返って明日のタスクを整理する。1日24時間では足りないくらい、やりたいことがある。
20代や30代前半の頃は「もっと自由な時間が欲しい」と思っていた。今は自由な時間が欲しいというより、「この時間を何に使うか」を考えるのが楽しい。
私が本当に欲しかったのは、大金そのものではなく、自分の人生を全力で好きでいられる状態だったのかもしれない。
しかし昔は未来が怖かった。今は、未来を早く見てみたい。この変化こそ、年収や体脂肪率以上に大きな成果だと思っている。
20代前半|美容師。好きな仕事だった。でも、好きだけでは人生を支えられなかった

私のキャリアは、美容師からスタートした。「ハサミ一本で人を変えられる」なんてカッコいい思想ではなく、当時のキムタク(木村拓哉)のドラマ「ビューティフルライフ」に影響を受け、美容の世界に憧れて飛び込んだ。最初はシャンプーすらまともにできず、先輩に怒鳴られる日々。だが、できることが一つずつ増えていくのが、たまらなく楽しかった。
そして日々の練習を繰り返し、シャンプー、パーマ、カラーと、アシスタントとして必要な技術を一つずつ覚えていった。最初はまともにできなかったことが、練習を重ねるたびに少しずつできるようになる。その感覚が、純粋に楽しかった。シャンプーを任せてもらえる。次はカラーに入れる。パーマを巻けるようになる。できる仕事が増えるたびに、お客様と関われる時間も増えていった。美容師という仕事が、心から好きだった。
「これで食っていけたら最高だな」当時は本気でそう思っていた。好きなことを仕事にして、技術が上がるたびにお客様が喜んでくれる。若かった私は、それだけで未来は明るいと思っていた。
だが、残念なことに情熱と収入は比例しなかった。
美容師時代の年収は200万円台。手取りにすると、月16、17万円あるかないか。そして、この時代の美容業界にはボーナスなんて制度はない。家賃を払い、光熱費・食費を払い、練習するための材料費や、技術習得のためのセミナー費を払えば、それだけで手元にはほとんど残らなかった。
しかも、美容師は服装にも気を使う仕事だ。高いブランド物を買えるわけではないから、古着屋を回ったり、なるべく安くトレンドの服を探したりしていた。それでも給料だけでは足りず、洋服をリボ払いで買っていた。月に数回友達と飲みに行く程度。それだけで財布はほぼ空になる。貯金なんてできるはずもなかった。
同年代の友人が車を買った、旅行に行った、そんな話を聞くたびに、見えないところで拳を握っていた。「いいな」と笑いながら、心の奥では悔しかった。別に友人が嫌いなわけじゃない。むしろ、自分だって頑張っているのに、なぜこんなに差が開いていくのか。その現実を突きつけられるのが悔しかった。好きな仕事をしているはずなのに、財布は常に空っぽだった。さすがに食えない。好きな仕事を続けるためには、もう一つ働くしかなかった。
そこから昼は美容師、夜は居酒屋のバイトを掛け持し、週2〜3日、夜21時から翌2時まで夜勤でシフトに入った。サロンで一日中立ちっぱなしで働いた後、そのまま居酒屋へ直行。酔っ払った客の注文をさばき、閉店後は山積みの皿を洗い、深夜2時に店を出る。家に着く頃には身体が鉛のように重く、シャワーを浴びるまもなく泥のように眠り、翌朝また目覚ましに叩き起こされて、仕事に向かう。
そんな生活を何ヶ月も続け、ダブルワークの疲労は確実に身体を蝕んでいった。手が重い。お客様の前で笑顔を作るのが、少しずつしんどくなっていく。好きで始めた仕事のはずだった。なのに、いつの間にか「生活のために耐える仕事」に変わっていた。
そして、20代中盤、私は美容師を辞めた。限界だった。
辞めると決めた瞬間、ホッとした気持ちと、情けなさが同時に押し寄せた。「好きだったのに続けられなかった」。あの時は、それを敗北のように感じていた。心も身体も、もう持たなかった。好きだけでは生活は成り立たない。その現実を、1年以上のダブルワークで嫌というほど思い知った。
20代後半|DJに全振り。自由はあった。でも、土台がなかった

そこからの私はというと、まったく別の道に進んだ。美容師時代の友達に誘われて、初めてクラブに足を踏み入れた。薄暗いフロアに響く重低音。酒を飲み、爆音に身体を預け、ひたすら音に酔いしれる。知らない人間同士が同じリズムで揺れている。誰も私のことを知らない。誰も私に何かを求めない。
美容師時代、毎日笑顔を作り続け、ダブルワークで身体を削り続けた日々とは、まるで別世界だった。ずっと押し殺していた「楽しい」という感覚が、腹の底から湧き上がってくるのを感じた。そして、その空間の中心にいるDJが目に入った。たった一人で空気を支配し、選曲一つでフロアの熱量が変わる。ボリューム一つでオーディエンスの身体が揺れる。ブースの横で、その光景に釘付けになった。
「私もあそこに立ちたい」気づいた時には、もう決めていた。
あの瞬間のワクワクは今でも覚えている。さっきまでただの客だったのに、数分後には自分がDJブースに立っている姿を勝手に想像していた。根拠なんてない。でも、胸の奥が妙に熱かった。
そこからは、バイトで食いつなぎながらDJに全振りする日々が始まった。機材を買う金はキャッシングして捻出し、毎日猛練習。そして小さなクラブのオープニングDJから始めて、少しずつ現場を増やしていった。20代前半は美容師に全振りして、身体を壊すまで働いた。その反動もあったんだと思う。20代後半は、とにかく自由に生きたかった。
世の中の同年代がスーツを着て満員電車に揺られている頃、私はまったく別の世界にいた。昼過ぎに起きて、バイトをし、夜はクラブに向かう。色んな現場で腕を磨き、どんどん大きなイベントにも出演するようになった。自分で曲を作りリリースし、海外でDJをやらせてもらう機会にも恵まれた。
そして、自分でイベントも主催するようになった。出演者を集め、フライヤーを作り、集客して当日の現場を回す。気づけば30人ほどの仲間に囲まれていた。初めて、自分の手で何かをゼロから構築するという経験をした。好きな音楽に囲まれて、好きな仲間と過ごす毎日、とにかく、毎日が刺激的で楽しかった。
イベントが終わった朝、外に出ると街はもう明るい。仲間と「今日ヤバかったな」と笑いながら帰る。金はなかった。でも、あの頃の私は自由だった。20代の中でも、間違いなく一番ギラギラしていた時期だったと思う。
だが、そんな生活を数年繰り返すうちに、気づけば30代に突入していた。周りの同年代は、キャリアを積み、家庭を持ち、着実に人生を前に進めている。しかし私は・・・バイトで食いつなぎながら、クラブで回し続けているだけで、DJで食っていく未来は、見えなかった。これだけ全力でやった。海外にも行った。イベントも主催した。仲間もいた。
だが、通帳の残高が大きく増えることはなかった。夢と情熱だけでは、飯は食えない。美容師の時と、同じだった。
この事実に気づいた時は、かなり刺さった。「また同じところに戻ってきたのか」と。好きなことに全力で突っ込む。それ自体は楽しい。でも、人生全体を支える土台がなければ、いつか続けられなくなる。二度目にして、ようやくその現実が身に沁みた。
30代前半|初めての会社員。月100時間残業、副業も成果ゼロ

30歳を過ぎて、初めてサラリーマンになることを決意した。好きなことだけでは、生活が成り立たない。その現実を、20代で嫌というほど思い知った。美容師、DJ、バイト生活。どれも楽しかったが、通帳の残高は常に心もとなかった。もう、好きだけでは生きていけない。そう腹をくくって、生まれて初めてスーツに袖を通した。
選んだのは、マーケティングの会社だった。DJ時代にイベントを主催する中で、人を動かすこと、集客の導線を考え、心理を読み、行動を促す、その面白さに気づき、自分の性格に合っている。直感でそう思った。そこでネットで気になる会社に応募し、面接では、美容師、DJ、イベント主催という経歴に面接官が興味を示した。まともな職歴はない。だが、普通のサラリーマンにはない経験を持っている男が目の前にいる。その特異さが、逆に武器になった。
無事に面接を通過し、提示された金額は月給25万円、ボーナスを加味すると年収は約350~400万円。美容師時代の手取り18万円を思えば、だいぶマシだ。しかも、土日祝休み。「これで安定する」と思った。
サラリーマン生活が無事スタートして、働き始め最初の1年は割と普通だった。与えられた仕事をこなし、定時とまではいかないが、そこそこの時間に帰れる日が多かった。「サラリーマンも悪くないな」そう思い始めていた・・・が、その平穏は長くは続かなかった。
むしろ、この時期が一番油断していたと思う。「やっと普通の人生に乗れた」。そう安心した直後だった。
仕事ぶりが評価され、昇進した。聞こえはいい。だが、昇進とは「責任と業務量が倍になる」ということ。部下のマネジメント、クライアント対応、数字の管理、自分の仕事だけで精一杯だったのに、他人の分まで背負うことになった。とてもじゃないが、定時では終わらない。その代わりに時間を使うしか方法がなかった。
朝7時に家を出る。満員電車に押し込まれ、会社に着く頃にはすでに消耗している。終わらない会議、次々に降ってくるタスク、深夜にようやく帰宅、コンビニ弁当をかき込んで、風呂に入って、倒れるように眠る。翌朝また同じ電車に乗る。土日も出勤しなければ、業務が回らない。休日出勤が当たり前になり、残業時間はついに100時間を超えた。
曜日の感覚が薄れていった。月曜が嫌だとか、金曜が嬉しいとか、そんな感覚すらなくなる。ただ「今日も会社に行く」「終わったら寝る」。人生が二つのコマンドだけで回っているようだった。
それだけ働いても、給料は頭打ちだった。毎月同じ数字が振り込まれるのを見て、「これだけ削られて、これだけか」と思った。昇給は年に数千円。残業代で多少増えても、時間と体力を切り売りして頭がおかしくなりそうだった。20代は金がない代わりに自由だった。30代は拘束されすぎていた。どっちも極端だった。
だが一つだけ、はっきり分かったことがある。会社の給料だけに頼る人生には、限界がある。ということだ。
「自分の力で稼ぐ方法を見つけよう」そう決意して、貴重な休みの時間を休息にあてず、副業を始めるべくパソコンに向かい始めた。最初に挑戦したのはアフィリエイト。「ネットで稼げる」という言葉を信じて、見よう見まねで始めた。丁度、与沢翼、ヒカルがブログで稼いでいる全盛期だった。


まだネットの情報も乏しい時期に、「ネットで月収100万円、1日数分のコピペで稼げる」そんな派手な言葉が目に飛び込み、私の射幸心を激しく刺激した。「私もこうなりたい。金を稼いで、自由になりたい。」その願望を抑えられず、情報商材をいくつか購入した。
右も左も分からない状態で、ブログを立ち上げ、記事を書き、広告を貼る。毎晩、残業で疲れきった頭を叩き起こして、深夜1時、2時まで画面に向かった。もちろん休日も作業にあてたが、当然現実は甘くなかった。1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月。管理画面を開くたびに少し期待する。
「今日は何か売れているかもしれない」
画面を開く。0円。
翌週も見る。0円。
変わらない数字を見て、「まだ始めたばかりだから」と自分に言い聞かせる。しかしいくら頑張っても、1ヶ月経っても0円、3ヶ月でもほぼ何も起きない。ついに半年経っても、報酬はゼロだった。何十時間、何百時間と使っているのに、数字として返ってくるものは何もない。
「もしかして、自分には無理なんじゃないか」
そう思い始め焦った。そして、その焦りがさらに判断を狂わせた。「この教材を買えば稼げる」「この手法なら初月から成果が出る」。そんな甘い言葉に飛びつき、高額の情報商材をいくつも購入した。3万、5万、10万、貯金を削り、クレジットカードの分割払い、リボ払いで手に入れたものもあった。
だが、買っては実践し、結果が出ず、また別の教材に手を出す。中にはPDF数枚の詐欺商品も購入し、それを永遠繰り返していた。振り返れば、ノウハウが悪かったんじゃない。何が自分に合うのかも分からないまま、「買えば解決する」と思い込んでいた典型的な情報弱者。もちろん成果も当然でるわけない。
それでも、会社に依存する人生だけは嫌だった。だから、1日数時間だけでも作業をやめることはなかった。
日々の残業に加え、成果が一向に出ないことで、私のストレスは極限まで達した。はけ口は、酒と飯だった。仕事帰りの深夜ラーメン。コンビニで弁当を2つ買って重ね食い。嫌になった時は昼から缶ビールを空け、自暴自棄にひたる。食べて、酒に浸かっている瞬間だけは何も考えなくて済んだ。
ただ、そんな怠惰な生活を続け、気づけば体脂肪は25%を超え、腹は完全にたるみきっていた。美容師時代に履けたズボンのボタンが閉まらなくなり、鏡に映る自分を見て、目をそらした。
見たくなかった。腹が出ていること以上に、「ここまで自分を放置してきた」という事実を見るのが嫌だった。美容師時代は、人の見た目を整える仕事をしていた。それなのに、自分自身は完全に崩れていた。

30歳で「安定」を求めてサラリーマンになったはずが、気づけば何一つ安定していなかった。残業漬けの身体、成果ゼロの副業、減り続ける貯金残高、たるみきった腹。
「私の人生、こんなはずじゃなかった・・・」毎朝、満員電車に揺られながら、何度そう思ったか分からない。答えなんて見つかるはずもなかった。そして、地獄はまだ終わらなかった。
30代半ば①|投資で大損。全財産を失い、財産差し押さえ

アフィリエイトで成果が出ない焦りの中、投資にも手を出した。最初に手を出したのは、「サイン通りに従えば月収100万円」と謳う情報商材だった。今考えれば、そんな都合のいい話がこの世にあるわけがないのは分かる。だが、当時の私は経済的な成功を強く求めていた。
そんな自分にとって、投資はあまりにも魅力的だった。なぜなら、お金をベットすれば、そのお金が増える可能性がある。もちろん、実際には減ることの方が多かった。それでも当時は、「これなら一気に人生を変えられるかもしれない」と本気で思っていた。
アフィリエイトのように、記事を書いて、アクセスを集めて、少しずつ成果を積み上げていく必要もない。投資なら、資金さえ入れれば、その場で結果が出る。経済的な成功を急いでいた自分には、それがぴったりに見えたのだ。
そこ新たな教材を買い、読み込み、書かれているサイン通りに、言われた通りに売買してみる。初めて利益が出た時は、思わずガッツポーズした。
「これでいける」本気でそう思った。だが、そんな日は多くなかった。勝てる日もあれば、負ける日もある。そしてトータルで見れば、負ける日の方が明らかに多かった。
「このツールが悪かったんだ。次こそは本物だ」
そう言い聞かせて、今度は自動売買ツールを買う。「放っておくだけで月利10%」そんな甘い言葉に、また金を突っ込み、結果また負ける。再び商材を買っては失敗し、ツールを買っては失敗する。典型的な情弱ムーブの繰り返し。冷静に考えれば分かるはずなのに、「次こそは」という期待が判断力を完全に狂わせていた。
毎月の給料も、ボーナスも、余った金はほとんど投資に突っ込んだ。給料が振り込まれると、生活に必要な金を残し、そのほかはすぐ証券口座へ移す。金が入るたびに、「今度こそ増やせる」と考えていた。だが、増えるどころか減っていく。給料が入れば投資し、負ける。また給料が入れば投資する。その繰り返しだった。
気づけば、投資に回す金すら底をついていた。
だが、止まれなかった。「ここで辞めたら、今までの損が全部無駄になる」後から知ったが、これはサンクコストバイアスという心理の罠だった。当時の私は、その罠にどっぷりハマっていた。
そして、やってはいけない一線を越えた。レイク、アコムといった消費者金融だ。初めて自動契約機の前に立った時、手が震えた。「私は何をやっているんだ」頭では分かっていた。だが、借りた。
画面の前で何度も迷った。ここで帰ればいい。まだ引き返せる。そんな声も確かにあった。でも、もっと大きな声で「取り返せば全部解決する」と自分に言い聞かせていた。借りて、また投資に突っ込んだ。
「このお金を元手にこれまでの負けを取り戻す…再起するんだ…」
そんな期待を込めるが、結果、資金が増えたのをいいことにレバレッジを高くし、大きな損失を食らい、失った。しかも、一瞬で………。画面に並ぶ赤い数字を見つめながら、指先が冷たくなっていくのを感じた。
数秒前まで「戻るかもしれない」と祈っていた。だが、数字は容赦なく減っていく。クリック一つでどうにかなる世界なのに、何もできずに画面を見ているだけだった。強制ロスカットをくらい再び資金が底をついた…「もう二度とやらない」そう誓った。だが、借金を返すために1秒でもはやく取り返したくて、給料日が入った直後にまた手を出す。そしてまた、失う。その繰り返し。
2015年-200万円、2016年-250万円、2017年-104万円。毎月の給料、ボーナス、消費者金融で借りたお金がそのまま相場に飲み込まれていった。3年間で500万円以上、さらに商材やツールなどで累計700〜800万円程溶かした。

会社では普通の顔をしていた。同僚と笑い、友人の前では明るく振る舞った。だが、家に帰ると現実に引き戻される。一人になった瞬間、張り続けていた糸が切れる。声を殺して涙を流した夜は、一度や二度じゃない。吐き気が止まらず、トイレで蹲る日もあった。そしてある朝、便器が赤く染まっていた。血便だった。
精神も身体も、完全に壊れかけていた。それでも、翌朝にはまたスーツを着て、何食わぬ顔で出社する。そうするしかなかった。
消費者金融の返済にも追われ、税金や公共料金の滞納が積み重なっていった。事前に督促状は届いていた。だが、届いたところで払えるものがない。封筒を開ける気力すらなかった。そしてある日、銀行口座が凍結された。人生初の、財産差し押さえだ。
その文字を見た瞬間、時間が止まったような感覚があった。「本当にここまで来てしまったんだ」。投資で負けた時とは違う。今度は、現実の生活そのものが自分に牙を剥いてきた。

30代中盤のいい歳にもなって、自分の人生すらコントロールできていない。情けなさと恐怖が、同時に腹の底から何度も何度も込み上げた。今となっては、いい経験だったと思える。だが、あの時は本気で人生が終わったと思った。友達や職場では普通の顔をしていたが、精神的にはボロボロ。よからぬことが頭をよぎった日も何度もあった……。
「取り返す」をやめて、ゼロから立て直す
幸か不幸か、もうトレードする資金すらなかった。金がなければ相場には入れない。だから初めて、「取り返す」ことをやめた。正確には、やめざるを得なかった。でも、それが結果的に良かった。
投資には一切手を出さず、仕事に集中する。給料が入ったら、まず借金を返す。派手なことは何もない。
マイナスを、ただゼロに戻す。
それだけの日々だった。給料が入ればまず返済し、残った金で生活する。そして翌月、また返す。口座残高が増えるわけではなく、むしろ給料日なのに返済した瞬間に金が減る。以前なら、そのことすら苦痛だった。
でも、この頃は「また一つ減った」と考えるようにした。投資で失った時のような強烈な刺激も、大勝ちもなく、SNSで自慢できることもない。それでも、借金の残高は確実に減っていく。一ヶ月ではほとんど変わらない。数ヶ月経って、ようやく少し減ったことが分かる。今振り返れば、ここから本当の意味で人生が立て直り始めたんだと思う。
人生を変える時に必要なのは、大勝ちじゃないこともある。まず、これ以上悪くしないこと。減っているものを止め、ゼロに戻すこと。この時初めて、それを知った。
そしてもう一つ、職場にも「残業100時間では身体が持たない」と伝えた。言うまでにはかなり迷った。
「仕事ができない奴だと思われるんじゃないか」「評価が下がるんじゃないか」「みんなも頑張っているのに、自分だけ弱音を吐くのか」
以前の私なら絶対に言えなかった。弱音を吐くことだと思っていたからだ。
でも、壊れかけて初めて分かった。
限界を超えてから声を上げても、もう遅い。壊れる前に、自分で線を引くしかない。
意外にも、職場はあっさり受け入れてくれ、残業を減らす方向で調整してもらえた。
「もっと早く言えばよかった」
拍子抜けするくらいだった。勝手に「言ってはいけない」と思い込んでいたのは自分自身で、何でも一人で背負うことが強さじゃない。そのことも、この時ようやく分かった。残業は20〜30時間程度まで減り、夜、まだ店が開いている時間に帰れるようになった。休日に会社へ行かなくていい。それだけで、世界が少し明るく見えた。
そして、久しぶりに自分のために使える時間が戻ってきた。人生を救った最初の一歩は、勝つことじゃなかった。負けを取り返そうとするのをやめたことだった。
この経験から学んだ、感情に任せて取引しないための考え方や、記録・ルールの作り方は、投資で勝ち続ける人のメンタル・習慣・ルールにまとめている。同じ失敗を繰り返さないために何を変えたのか、具体的な方法を知りたい人は読んでみてほしい。
30代半ば②|YouTubeに挑戦し挫折。そしてブログで覚醒

毎月の借金を少しずつ返し、生活と精神が安定し始めていた。ほんの数時間程度だが、自分のために使える時間ができた。どん底を知った後のその時間は、以前とはまるで重みが違った。
ただ、時間があるだけでは何も変わらない。何かにチャレンジしなければ、人生は1ミリも動かない。金はない、投資をする気力もない。だが、時間と体力だけはある。そこでお金がなくても始められるものを探した。
当時、YouTubeが一気に盛り上がっていた。テレビに出ている芸能人ではなく、普通の人がカメラ一つで何万人、何十万人という登録者を集め、会社員だった人がYouTubeで人生を変えたという話もよく目に入った。
「これなら自分にもできるかもしれない」
そう思い、好きだったラーメンを食べてレビューするチャンネルを作った。ラーメンなら昔から好きで、店もたくさん知っている。
「好きなことなら続けられるだろう」
美容師とDJで同じ失敗をしてきたのに、懲りずにまたそう考えていた。
だが、動画制作は想像以上に過酷だった。企画を考え、店に行き、撮影し、編集し、サムネイルを作り、アップロードする。たった1本の動画に、6〜8時間かかる。「一本作るのにこんな時間がかかるのか・・・YouTuberの人はみんなすごいな」。いつもは視聴者として気楽に観ていただけだった。だが、作る側に回って初めて、その裏にある途方もない労力を知った。それでも、仕事終わりの夜や休日を全部注ぎ込んで、コツコツ動画をアップし続けた。
「50本出せば、何か変わるはず」そう信じて、手を動かし続けた。結果、登録者は300人。ここまでに累計400〜500時間以上の労力を注ぎ込んで、たった300人。それだけならまだ耐えられた。だが、コメント欄が地獄だった。「つまらない」「素人は辞めろ」「誰が見るんだこんなの」画面の向こうから、顔も名前も知らない人間に、自分の努力を全否定される。
YouTubeのコメント欄なんて、視聴者側で見ている分には何とも思わない。だが、自分が時間と労力を注ぎ込んで作った動画に対して言われるのは、まるで別物だった。精神的なダメージが、想像の何倍も重い。
「気にするな」「アンチはスルーしろ」そんなアドバイスがあるのは知っている。だが、私にはどうしてもそれができなかった。画面を開くたびに、胃の奥がキュッと締まる。あの感覚は、耐えられる人間と耐えられない人間がいる。私は、後者だった。
登録者は伸びない。有象無象のコメントを見るのが怖い。そしてもう一つ、決定的なことが起きていた。
好きだったラーメンがだんだん嫌いになってきたことだ。以前なら新しい店を見つければ「食べたい」と思ったのに、YouTubeを始めてからは「この店は動画になるか」「どう撮るか」「何を話すか」と、ラーメンを見る前にコンテンツとして考えるようになった。
食べたいから食べるのではなく、撮影するために食べる。目の前に好きだったはずのラーメンがあっても、「今日はどう撮ろう」「何を話そう」と考えている。もう、それは好きなものではなく義務になっていた。
美容師の時と同じだった。好きで始めたものが、いつしか自分を消耗させるものに変わっていた。
そして45本で、チャンネルを閉じた。50本まであと5本だった。だからこそ余計に悔しかった。「せめて50本までは」と何度も思った。でも、続けることだけが正義じゃない。間違った方向に走っているなら、止まる勇気も必要だ。この時はまだ、そんな格好いい整理はできていなかった。
残ったのは、ただ一つ。「また失敗した」。その感覚だけだった。

成果ゼロだったブログを再起動。最初の報酬は「5円」・・・そして134万円。
しかし、その翌週。私はまたパソコンの前に座っていた。「しばらく何もやらない」と思ったはずなのに、一週間も経たないうちに何かを始めようとしている。自分でも呆れる。
開いたのは、かつて成果ゼロで放置したブログの管理画面だった。
「やはりブログか……」
自分でもそう思った。以前半年やって、ほぼ何も起きなかったブログだ。普通なら、もう一度やろうとは思わない。でも、以前とは状況が違っていた。前は何が正解か分からず、とにかく記事数だけを増やし、アクセスが来てもなぜ来たのか、売れなくてもなぜ売れないのか分からなかった。
「とにかく書けば、そのうち当たる」そんな感覚だった。
だが、この頃には成功しているブロガーたちが、キーワードの選び方や記事構成、SEO、収益導線まで具体的に公開していた。そこで、自己流を捨てた。
「結果を出している人間の型」を、徹底的に学んだ。
プライドなんて、とっくに投資のどん底で粉々になっていた。「自分らしいやり方」にこだわって結果が出ないくらいなら、まず結果を出している人から学べばいい。変なこだわりはなかった。
結果を出している人がいるなら、その人が何をしているのかを見る。なぜそのタイトルなのか、なぜその構成なのか、読者はどんな言葉で検索するのか、どこから商品へつないでいるのか。一つずつ調べ、記事を作り直した。
振り返れば、YouTubeの失敗もヒントになった。45本出して登録者300人。あれは、努力量だけの問題ではなかった。
「好きなラーメンを食べてレビューする」というだけでは誰でもできるし、誰に届けたいのかも曖昧で、差別化も弱かった。「50本出せば何かが変わる」と言いながら、「何を変えるべきか」をほとんど考えていなかった。
昨日と同じことをして今日も同じ結果が出る。それでも「努力が足りない」と考え、さらに同じことをする。これでは結果は変わらない。間違った方向へ400時間積み上げれば、「400時間頑張った」という事実は残る。でも、結果につながるとは限らない。
努力は大切だ。だが、努力する方向はもっと大切だ。そのことを、YouTubeで身をもって知った。
ブログには、もう一つ自分に合っているところがあった。公開した後でも直せることだ。タイトルや構成を変え、情報を足し、検索順位やクリック率を見る。売れた記事と売れなかった記事を比べ、数字を見てまた直す。
昨日書いた記事がダメでも、今日直せる。YouTubeでは一本の動画を作るのに何時間もかかり、投稿した後に大きく修正するのは難しかったが、ブログなら何度でも改善できる。改善するたびに記事が育っていく。その感覚が、自分には合っていた。
そして、これまでバラバラだと思っていた経験も全部つながった。DJ時代には、フライヤーのキャッチコピーを何パターンも考え、どう書けば人が来るのか、どんな告知なら反応が取れるのかを考えていた。イベント当日まで予約人数を何度も確認していた。
本業のマーケティングでは、数字を見て仮説を立て、施策を打ち、結果を検証することを毎日やっていた。美容師では、お客様が何を求めているかを聞き取ることも学んだ。言葉で人を動かすこと、集客すること、相手のニーズを考えること、数字を見て改善すること。別々だと思っていた経験が、ブログの中で全部つながった。
最初の1ヶ月、アクセスはほぼゼロ。昔と同じ景色だった。管理画面の数字はほとんど動かない。それでも、以前とは違う手応えがあった。書く記事には理由があり、狙うキーワードにも理由がある。数字が悪ければ、次に直す場所も分かる。
「今回は前と違う」そう思えた。
2ヶ月目になると検索から少しずつアクセスが入り、一人、二人、十人と、知らない誰かが検索から自分の記事へ来るようになった。それだけでも嬉しかった。
3ヶ月目。いつものように、何となく管理画面を開いた。そこに、いつもとは違う数字が表示されていた。
5円。
一瞬、見間違いかと思った。
「5?」
画面を更新した。それでも5円だった。
「え、売れた?」
たった5円。今なら、財布から落としても気づかないかもしれない金額だ。でも、その5円は、それまでの何百時間よりも重く感じた。会社から振り込まれた給料ではない。自分が書いた文章が検索で誰かに見つけられ、その人が読み、何かをクリックして行動し、その結果として5円が生まれた。
管理画面に初めて「0」以外の数字が出た。何度か画面を更新した。それでも消えない。本当に発生している。一人、パソコンの前で小さくガッツポーズした。
「いけるかもしれない」
この時初めて、自分の力で稼ぐということが現実のものとして感じられた。5円しか稼げていないのに、不思議なくらい希望があった。そこからは、愚直に積み上げた。結果が出ている記事を分析して横展開し、検索順位が落ちたらリライトする。売れなければ導線を直した。
数字が悪い時も「自分には才能がない」と考えるのではなく、「どこを直せばいいか」を考えるようになった。数字は少しずつ伸び、5円が数百円になり、数千円になり、数万円になった。
初めて1万円を超えた時も嬉しかったが、それ以上に「やったことに対して数字が返ってくる」感覚が面白かった。改善すれば伸び、間違えれば落ちる。その繰り返しに、どんどんのめり込んでいった。
そしてブログを再開して約1年。ついに報酬が、134万円を超えた。

何度も数字を見返した。嬉しいというより、最初は信じられなかった。会社員として何時間も働いてもらっている給料より、自分一人で作ったブログから入ってくる金額の方が大きい。
「本当に私が作った売上なのか?」管理画面を見るたび、不思議な感覚になった。
美容師時代の年収200万円台、成果ゼロのアフィリエイト、投資の大損、消費者金融、財産差し押さえ、YouTube45本で撤退。それまで全部失敗だと思っていた。
でも、正しい方向へ修正しながら積み上げれば、あれだけ失敗してきた自分でも結果を出せる。初めて、自分の力を信じられた。記事を書くのが楽しくなり、数字が伸びることも嬉しかった。一度失っていた「これからもっと良くなるかもしれない」という感覚が戻ってきた。
「人生が、ようやく上向き始めた!!!」そう思った矢先だった・・・。
会社の組織改編で人が減り、私のところへ仕事が雪崩れ込んできた。せっかく20〜30時間まで減っていた残業が、また100時間近くへ戻った。朝7時に出て深夜に帰り、帰宅してパソコンを開いても、目がかすんで画面の文字が読めない。キーボードに手を置いても頭が働かず、「30分だけでも書こう」と思っているのに、気づけば画面の前でぼーっとしている。
ようやく芽が出たブログを書く時間が、物理的に消えていった。
「ようやく来たのに」
本当に悔しかった。何年も失敗して、ようやく自分の力で結果を出せるものが見つかった。それなのに、会社の都合一つでその時間が消えていく。この会社にいる限り、会社の都合一つで自分の人生の時間が全部持っていかれる。身体も悲鳴を上げ、朝起きるのが辛く、疲れが翌日に残り、判断力も落ちて集中も続かない。
以前一度、身体を壊しかけている。
「また同じところまで行くのか」そう思った。そして「この会社にいたら、身体が壊れる。そしてブログもまた止まる」。その二つが重なった瞬間、迷いは消え・・・転職を決めた。
30代後半①|転職で年収150万アップ。「市場価値」という武器を知る

転職活動は、正直不安しかなかった。美容師、DJ、バイト生活を経て33歳でようやくサラリーマンになった男だ。まともな職歴なんてこの会社しかない。しかも副業も投資も失敗だらけ。こんな経歴で、どこが拾ってくれるのか。
だが、蓋を開けてみれば、これまでの経験が思わぬ形で評価された。
書だけ見れば、決して綺麗なキャリアではない。
転職サイトに書かれている経歴例を見ると、大卒、新卒入社、○年間営業、マネージャー経験など、整った経歴が並んでいる。自分とはまるで違う。まともな会社員経験と呼べるものも、この会社くらいしかなく、副業も投資も失敗だらけだった。
「こんな経歴で、どこが拾ってくれるんだろう」「年収が下がっても仕方ないかもしれない」
そう思っていた。
だが、面接へ行くと意外なことが起きた。美容師をやっていたこと、DJとして活動しイベントを立ち上げたこと、会社員になってから副業へ挑戦したこと、ブログで個人でも収益を作ったこと、投資で失敗してもまた何かを始めたこと。
自分では「遠回り」だと思っていた経験を、面接官は別の角度から見てくれた。
「いろいろやってきていますね」
その言葉を最初はネガティブに受け取ったが、話していくと違った。行動力、マーケティング経験、個人で数字を作った経験、ゼロから企画を立ち上げた経験として見てもらえた。
自分では欠点だと思っていた経歴が、見方を変えれば強みにもなる。ブログで会社員の給料を超える収益を作った話をすると、面接官の反応も変わった。自分一人で企画し、記事を書き、分析し、改善して売上を作った。会社の看板がなくても結果を出したことを評価してもらえた。
そして提示された年収は550万円。
前職から150万円アップだった。
金額を見た瞬間、「え?」と二度見した。年収が下がる可能性まで考えていたのに、逆に大きく上がっている。
前の会社では何年も残業し、休日も出て、それでも昇給はわずかだった。上司から評価されるために頑張り、少しずつ役職が上がっても、給料が一気に変わることはなかった。それが、環境を一つ変えただけで150万円上がる。嬉しさ以上に、衝撃の方が大きかった。
550万円は日本の給与所得者全体の中で上位33%に入る水準。さらに、40代後半〜50代前半の平均年収が約521万〜540万円と言われている中で、30代後半の時点でそのラインに到達した。


出典:三菱UFJ銀行「平均年収はいくら? 年齢・年代別、男女別、職業別などで解説」
ずっと、会社の中で評価されることだけを考えていた。上司に認められ、昇進し、昇給する。それが唯一の道だと思い、会社という一つの箱の中で自分の価値を測っていた。
でも違った。会社の外へ出れば、これまでの経験やスキルに別の値段がつく。同じ人間なのに、いる場所が変わるだけで評価も報酬も変わる。
会社の評価と、市場価値は同じではない。
この時、「市場価値」という言葉を初めてリアルに理解した。しかも、私が「無駄だった」と思っていた美容師やDJ、副業の失敗まで、見方を変えれば武器になっていた。
美容師では接客を学び、DJでは企画と集客を学び、会社ではマーケティングを学び、ブログでは自分一人で数字を作った。それぞれの時代ではバラバラの経験にしか見えなかったものが、後になって全部つながった。
新しい職場は、前の会社とは別世界だった。夜になれば帰れ、土日も休める。最初の頃は定時近くに仕事が終わると、「本当に帰っていいのか?」と思ったほどだ。帰宅してもまだ夜が長く、休日も朝から夜まで自分の時間として使える。
「こんなに時間があるのか」
最初は戸惑うほどだった。以前の会社では、時間がないことをずっと言い訳にしていた。今度は本当に時間がある。
「この時間を無駄にしたら、もう言い訳できないな」
そう思った。そこで、止まっていたブログをまた再開した。そしてもう一つ、この時期から人生を大きく変える二つのものを始めた。
筋トレと、習慣化だ。
30代後半②|筋トレ、習慣化。人生が噛み合い始めた

転職で「自分の時間」を手に入れた。だが、時間があるだけでは何も変わらない。この時間をどう使うかで、人生が決まる。それだけは分かっていた。
ひとまずブログを再開した。前職で100時間残業に逆戻りして、強制的に止められていたブログだ。記事の資産はそのまま残っていた。リライトし、新記事を追加し、再び積み上げを始めた。今度は、誰にも邪魔されない環境がある。
だが、この時期に変わったのは副業だけじゃなかった。転職をきっかけに、私の人生を根本から変える二つのものに出会った。それが、「筋トレ」と「習慣化」だ。この二つが、稼ぐ力しかなかった私に「鍛える」と「整える」という新しい軸を与えてくれた。
そして、この3つが噛み合った瞬間から、人生の歯車が一気に回り始めた。
体脂肪25%の「THE・中年太り」から体脂肪9%への逆襲

きっかけは、転職先の同僚だった。同い年なのに、身体つきがまるで違う。スーツの上からでも分かる肩幅、姿勢の良さ、何より顔つきに覇気がある。聞けば、週4でジムに通っているという。
その日の夜、風呂上がりに鏡の前に立った。そこにいるのは、THE・中年太りの自分だった。体脂肪25%超え。腹は完全にたるみ、ベルトの上に肉が乗っている。胸板は薄く、腕は細いのに腹だけが出ている。顎のラインはぼやけ、顔全体がむくんでいた。暴飲暴食のツケが、一切の言い訳を許さない形で身体に刻まれていた。
「変わりたい」なんて前向きな気持ちではなく、このままの自分が嫌だった。それだけ。
でも、今思えばそれで十分だった。立派な目標なんてなくてもいい。「このままは嫌だ」という感情は、人を動かすには十分すぎるほど強い。
だが、現実は甘くない。ジムに通い始めた人間の6割以上は、3ヶ月以内に辞める。1年後も続けている人間は、わずか4%未満だ。
つまり、ほとんどの人間が「変わりたい」と思っても、変われないまま終わる。それでも私は翌日、近所のジムに入会した。最初はとにかく手探りだった。ジムに置いてあるマシンを適当に触り、なんとなくそれっぽい動きをしてみる。何をどう鍛えればいいのか、まるで分かっていなかった。
だが、ネットや書籍で調べていくうちに、一つの答えにたどり着いた。BIG3(ベンチプレス、スクワット、デッドリフト)だ。この3種目だけで、胸、背中、脚と全身の大きな筋肉を効率よく鍛えられる。「初心者はまずこの3つをやれ。」どのサイトにも、どの本にも書いてあった。
マシンをあれこれ触り回していた時間を全部やめて、BIG3に集中した。すると、明らかに身体の変化が違った。胸板が厚くなり始め、背中に広がりが出て、脚が安定してきた。適当にやっていた頃とは、成長のスピードがまるで違う。「何をやるか」より「何に集中するか」で結果が変わる。
だが、BIG3を始めてしばらくすると、壁にぶつかった。重量は少しずつ上がっているのに、思ったほど身体が変わらない。なぜだ…。だが、調べていくうちに、答えが見つかった。フォームが崩れていたのだ。
そこから、重量を追うことをいったんやめた。軽い重量に落として、正しいフォームで丁寧に動かすことだけに集中した。すると、気づいたことがある。同じ重量でも、フォームを正確にするだけで、狙った筋肉への効き方がまるで違う。
今まではただバーベルを持ち上げていただけだった。だが、正しいフォームで動かすと、「今、大胸筋に負荷がかかっている」「ここで背中の筋肉が収縮している」という感覚が生まれる。重い重量を雑に上げるより、軽い重量を正確に効かせる方が、はるかに筋肉は成長する。地味だが、この気づきが筋肉の成長を一気に加速させた。
週3から始め、少しずつ週4、週5とジムに行くペースが増えていく中で、「分割法」を取り入れるようになった。月曜は胸と三頭筋、水曜は背中と二頭筋、金曜は脚と肩。部位ごとに日を分けることで、一つの部位に集中して追い込める。しかも、鍛えた部位を休ませている間に別の部位を鍛えるから、身体全体の回復サイクルが回る。
現在の週6まで行く頻度を上げられたのは、この分割法のおかげだった。前回より1kgでも重く、1レップでも多く。この小さな勝利を積み重ね、純粋に「成長している」と実感できることが、たまらなく楽しかった。
そして、もう一つ決定的に変わったことがある。食事だ。
筋トレの世界には「ジム3割、食事7割」という言葉がある。どれだけハードにトレーニングしても、食事が乱れていたら身体は変わらない。私は「PFCバランス」という考え方を知った。タンパク質(Protein)、脂質(Fat)、炭水化物(Carbohydrate)、この3つの栄養素のバランスを意識して食事を組み立てる。
深夜のラーメンやコンビニ弁当の重ね食いをやめ、鶏胸肉、卵、ブロッコリー、オートミール。タンパク質を体重×2gを目安に摂り、余計な脂質を抑え、トレーニング前後に炭水化物を入れる。最初は味気ないと思った。だが、食事を変えた途端、身体の反応が明らかに変わった。筋肉の張りが違う。回復が速い。体脂肪がみるみる落ちていく。
「筋トレの成果は、キッチンで決まる」この言葉の意味を、身をもって理解した。
だが、体脂肪を本気で落とすには、筋トレと食事だけでは限界があった。そこで取り入れたのが、「有酸素運動」だ。最初は筋トレ後に20分のウォーキングから始めた。筋トレで糖質を使い切った後に有酸素をやると、脂肪がエネルギーとして燃焼されやすい。これを知ってから、筋トレ後の有酸素を必ずセットにした。
ウォーキングから始めて、慣れてきたらインクラインをつけたトレッドミルに変え、時にはHIIT(高強度インターバルトレーニング)も取り入れた。20秒全力で走り、10秒休む。これを8セット。たった4分で心拍数が限界まで上がり、脂肪燃焼効果が何時間も持続する。
さらに、朝の空腹時にも有酸素を取り入れた。体内の糖質が枯渇した状態で動くことで、脂肪がダイレクトにエネルギーとして燃える。ただし、空腹のまま走れば筋肉も分解されるため、それを防ぐために、EAA(必須アミノ酸)を飲んでから歩くようにした。脂肪は燃やす。だが、筋肉は一切減らさない。攻めと守りを両立させた。
筋トレで筋肉をつけて基礎代謝を上げ、食事で余計な脂肪の摂取を抑え、有酸素で脂肪を燃やす。この3つが揃った時、身体の変化が一気に加速した。
筋トレを始めて数年。最初は自分の体重すらまともに上がらなかった身体が、見違えるように変わっていた。体脂肪は25%から9%まで落ちた。鏡に映る身体は、30代前半の自分とは完全に別人だった。
数字以上に嬉しかったのは、「自分との約束を守れる人間になった」と感じられたことだ。昨日も行った。今日も行った。面倒な日も行った。その積み重ねが身体に残っている。筋肉以上に、自信がついた。あの頃、腹がたるみきった自分を見て目をそらしていたが今は、鏡を見るのが楽しい。

そしてある日、試しに朝、出社前にジムへ行ってみた。最初は眠くて死にそうだった。だが、トレーニング後にシャワーを浴びて出社すると、明らかに何かが違う。頭の回転が速い。判断にキレがある。集中力が途切れない。夕方になってもエネルギーが残っている。
「筋トレは身体だけじゃなく、仕事のパフォーマンスも変える」
この発見には、本当にワクワクした。「身体を鍛えたら、仕事まで強くなるのか」。それまで別々だと思っていたものが、一本の線でつながり始めた感覚だった。
これは発見だった。筋トレは見た目を変えるためだけのものだと思っていたが、違った。仕事の質、判断力、メンタルの安定、全部が底上げされる。身体への投資が、人生のあらゆる面にリターンを返してくる。この実感が、私の生活をさらに充実した日々へと変わり始めた。
良い習慣の連鎖反応|食事→睡眠→朝活→仕事、全部が繋がった

筋トレの成果をもっと出したい。そのために食事を変え、深夜のラーメンを減らし、コンビニ弁当の重ね食いをやめ、自炊するようになった。酒を飲む量も少しずつ減った。最初は身体を変えるためだけだった。だが、すると別のところまで変わり始めた。
夜遅くに大量に食べなくなると以前より眠りやすくなり、朝も胃が重くない。起きるのが少し楽になり、朝起きられればジムへ行ける。ジムへ行けば身体が目覚め、仕事への入りが良くなる。仕事がうまく回れば無駄な残業が減り、夜には副業をする余力が残る。
一つの習慣が、次の習慣を引っ張ってきた。
まるでドミノだった。筋トレという一枚目を倒しただけなのに、食事、睡眠、朝活、仕事、副業まで、少しずつ全部が動き始めた。
以前は人生の問題を全部別々に考えていた。太っているからダイエットする。仕事がキツいから仕事を変える。副業をしたいから時間を作る。でも、実際は全部つながっていた。食事が乱れれば睡眠が乱れ、睡眠が乱れれば朝が崩れ、朝が崩れればジムへ行けない。身体が重ければ、仕事のパフォーマンスも落ちる。
逆も同じだった。一つを良くすると、他も少しずつ良くなる。ここから人生がさらに面白くなった。
「次はどこを整えれば、もっと良くなる?」改善すること自体が、ゲームのようになった。
ただ、最初からこんな生活ができていたわけじゃない。正直に言えば、私は意志が強い人間ではなく、むしろ三日坊主の常連だった。新しいことを始めれば最初の三日は頑張る。でも四日目くらいになると「今日はちょっと疲れてるから」と休み、一日休めば次の日も休み、いつの間にか完全にやらなくなる。
「明日からやる」「今度こそやる」
何度も言った。そして、その「明日」が来ないことも何度もあった。最初は「自分は意志が弱い」と思い、もっと気合いを入れればいい、もっと自分を追い込めばいいと考えていた。でも、それでは続かなかった。
だから、途中から考え方を変えた。意志力で自分を変えようとするのをやめた。代わりに、「やらざるを得ない流れ」を作るようにした。
最初に取り入れたのが「スモールスタート」だった。
毎朝5時に起きる生活も、ある日突然5時起きへ変えたわけではない。いきなり「明日から5時起き」と決めても何度も失敗していたため、まず昨日より少し早く起き、慣れたらさらに少し早くする。一気に理想へ行くのではなく、身体が慣れる速度で変えた。
筋トレも同じだった。最初から週6なんて無理で、「これから毎日ジムへ行く」と宣言しても、おそらく続かなかったと思う。まず週2から始め、慣れたら週3、週4と増やし、気づけば週6が特別なことではなくなっていた。
いきなり理想の自分になろうとすると苦しい。理想との差が大きすぎて、毎日「できなかった自分」を見ることになる。だったら、笑ってしまうくらい小さく始めればいい。できたら少し増やす。この考え方が、私の習慣作りの土台になった。
次に使ったのがIf-Thenプランニングだった。
「朝起きたら、これをする」「この時間になったら、これをする」と、その場で考えないようにした。
以前は朝起きてから「今日はジムへ行こうかな」「昨日も行ったし休もうかな」と考えていたが、この時点でもう自分との交渉が始まっている。そして、人間はやらない理由を作るのがうまい。
「今日は疲れてるし」「昨日もやったし」「明日やればいい」
いくらでも出てくる。だから、判断そのものを減らした。決めた時間になったらやる。そこに感情を挟まない。
そしてハビットスタッキングも使った。朝起きて白湯を飲み、決めたルーティンをこなし、ブログを書く。時間になればジムへ行く。
一つひとつを別々の「頑張ること」にするのではなく、一本の流れにした。一つ終われば次へ行き、毎朝同じ順番にする。最初の一歩さえ始まれば、あとは次の行動へ自然につながっていく状態を作った。
副業ではポモドーロ・テクニックも使った。疲れて帰った夜に「2時間ブログを書こう」と思うと重く、パソコンを開く前から面倒になる。でも、「まず25分だけ」と思えばパソコンを開ける。25分だけならできるし、始めてしまえばそのまま続けられる日もある。
ジャーナリングも始め、その日やったこと、うまくいかなかったこと、明日やることをノートに書いた。頭の中で考えている時は問題が必要以上に大きく見えることがあるが、紙へ書くと意外とシンプルだったりする。
「今日はこれができなかった。だったら、明日はどうするのか」
たった数分でも、頭の中だけでモヤモヤしているよりずっと整理できた。
どれも、魔法みたいな方法ではない。本やネットを見れば普通に書いてある。でも、ここで大きなことに気づいた。
「知っている」と「生活の中でやっている」の間には、とんでもなく大きな溝がある。
If-Thenプランニングという言葉を知っていても、実際に毎朝使っていなければ生活は変わらない。筋トレの方法を知っていても、ジムへ行かなければ身体は変わらない。知識を集めるだけでは何も変わらない。実際にやり、合わなければ直し、続く形まで小さくする。その繰り返しで、自分の生活そのものを設計していった。
気づけば、毎朝5時に起きることが苦じゃなくなっていた。目覚ましが鳴る前に身体が勝手に起きる。白湯を飲み、瞑想で頭をクリアにする。そこからブログの記事を書き、コンテンツを作り、数字を分析する。身体が覚めてきたタイミングでジムへ向かう。週6のトレーニングはもう当たり前になっていた。

セット間のレストタイムには本を開く。周りのトレーニーからは変な目で見られるが、知ったことではない。インプットなくしてアウトプットの質は上がらない。使える時間は、全部使う。
トレーニングを終え、シャワーを浴びて出社。日中は本業に集中する。たまに残業もあるが、以前の職場で100時間を経験した身体には屁でもない。定時付近で帰れる日は、夜も副業に充てる。1日24時間では足りないくらい、やりたいことがある。だが不思議と、疲弊していない。身体が整い、習慣が整い、思考が整っているから、エネルギーが枯渇しない。
30代前半を思い出した。残業100時間で身体を壊し、暴飲暴食で腹がたるみ、投資で全財産を吹き飛ばし、人生のすべてがコントロール不能だったあの頃。あの男と今の自分が、同一人物だとは思えなかった。
でも、間違いなく同じ人間だ。才能が突然増えたわけでも、別人に生まれ変わったわけでもない。毎日の選択が少しずつ変わっただけ。その積み重ねが、数年後には「別人」に見えるほどの差になっていた。
「稼ぐ、鍛える、整える」この3つが完全に噛み合い始めた。
まだ言語化はできていなかった。だが、仕事で成果を出し、身体を鍛え、習慣で日々を整える。この3つが揃った時、人生が加速度的に良くなっていくという確信が、身体の奥から湧き上がっていた。
人生を変えたのは、「稼ぐ・鍛える・整える」だった
この頃になって、ようやく気づいた。20代から30代まで、私はずっと何か一つだけを追いかけていた。
美容師の頃は好きな仕事、DJの頃は自由、会社員になってからは安定、副業や投資を始めてからは金。その時その時で、「これさえ手に入れば人生はうまくいく」と思っていた。
好きな仕事ができれば幸せ。自由があれば幸せ。安定した会社に入れば幸せ。金を稼げれば幸せ。でも、一つだけ手に入れても人生全体は整わなかった。
稼ぐだけでは足りない。
金があっても身体が壊れていたら楽しめないし、自分の生活すらコントロールできなければ、金が増えても同じことを繰り返す。実際、私は金を増やそうとして、逆に借金まで作った。
鍛えるだけでも足りない。
いい身体を作っても、経済的な選択肢がなければできることには限界がある。健康であることは大切だ。でも、金の不安で毎日頭がいっぱいなら、それだけでも人生は苦しい。
整えるだけでも足りない。
早起きをし、生活を整えても、挑戦しなければ人生そのものは広がっていかない。整った毎日を、何のために使うのか。
必要だったのは、一つではなかった。
稼ぐ力が、人生の選択肢を増やす。
仕事や住む場所、大切な人との時間、何かへ挑戦するかどうか。金がすべてではない。でも、金があることで増える選択肢は確実にある。
鍛えた身体が、動き続けるための土台を作る。
やりたいことがあっても、身体がついてこなければ動けない。仕事も、副業も、遊びも、挑戦も、全部この身体を使う。
整った習慣が、それを毎日積み上げる。
一日だけ頑張っても、人生は大きく変わらない。それを明日も、来週も、来年も積み上げるために必要なのが習慣だった。
この3つは、別々じゃない。
稼ぐ・鍛える・整える。3つが噛み合って、初めて人生そのものが強くなる。
この考え方は、机の上でサイトコンセプトを考えていて思いついたものではない。最初から「3軸で人生を設計しよう」と考えていたわけでもない。むしろ逆だった。一つだけ追いかけては失敗し、また別のものを追いかける。その繰り返しだった。
年収200万円台、深夜2時までのダブルワーク、残業100時間、成果ゼロの副業、700〜800万円規模の投資損失、消費者金融、財産差し押さえ、YouTube挫折、中年太り。
一つひとつの失敗は、その時はただの失敗にしか見えなかった。でも何年も経って振り返ると、すべて同じことを教えていた。
一つだけでは足りない。人生は、もっと複雑だ。その全部を経験して遠回りし、ようやく自分の人生から出てきた答えだった。後に、この3つがそのまま「男磨きラボ」の土台になった。
40代前半|借金地獄から、ランキング1位と年収1,000万円へ

40代に突入した時、初めて「人生が噛み合っている」と感じた。身体は変わり、習慣も固まり、本業も副業も順調に回っている。だが、一つだけ目を背け続けていたものがあった。
投資だ。
この二文字には、今でも少し特別な重さがあった。チャートを見るだけで、過去の赤い数字や借金、差し押さえまで一気に蘇る。成功したい気持ちより、「また同じことになるんじゃないか」という怖さの方が強かった。
30代前半で全財産を吹き飛ばし、消費者金融に手を出し、財産を差し押さえられた投資。普通なら二度と触れたくない世界だ。だが、逃げたままでは、あの失敗が「ただの損失」で終わってしまう。だから、もう一度挑戦することを決めた。
今回は手法を学ぶ前に、まずメンタルと向き合った。投資は「メンタルが9割」とよく言われる。30代の頃は、その意味がまったく分かっていなかったが、身をもって理解した。あの頃の私は、手法以前の問題だった。負けを取り返そうと熱くなり、ロットを上げ、損切りができず、借金してまで突っ込んだ。全部、メンタルの崩壊が原因だった。
どれだけ優れた手法を持っていても、恐怖と欲望に支配された状態では、ルール通りに動けない。逆に、メンタルが安定していれば、シンプルなルールでも淡々と回せる。勝つために必要なのは、「すごい手法」じゃない。「決めたルールを、感情に左右されずに実行し続ける力」だ。
そこから、事前にトレードルールを徹底的に作り込んだ。この形になったらエントリーする、この水準で損切りする、条件が揃わなければ、何もしない。そして、その相場が来るまでひたすら「待つ」。やったことは、それだけだ。すると、意外なほどすんなり勝てるようになった。
「……え、これだけ?」最初は拍子抜けした。昔は必勝法を探して何十万円も使った。それなのに必要だったのは、派手な秘密ではなく、決めたことを守る力だった。

だが、少し驚いていた。なぜ、こんなシンプルなことで勝てるようになったのか。
考えてみて、気づいた。それが「筋トレ」と「習慣化」のおかげだった。毎朝同じ時間に起き、同じルーティンをこなし、感情ではなく仕組みで動く。この「自分をコントロールする力」が、そのままトレードに直結していた。チャートの前で冷静でいられるのは、日常生活で自分を律する習慣が土台にあったからだ。
そして今度は、この経験をコンテンツにした。稼げるようになった手法をただ並べるだけなら、誰でもできる。だが私には、「稼げなかった時代」がある。情報商材に金を突っ込み、自動売買ツールに騙され、消費者金融に手を出し、全財産を失った経験がある。
だからこそ、かつての私と同じように苦しんでいる人間の気持ちが分かる。何が分からないのか、どこで判断を間違えるのか、なぜ損切りができないのか。その痛みを知っているからこそ、そこに寄り添うコンテンツを作ることができた。
手法だけを教えるのではなく、「なぜ負けるのか」「どうすればメンタルを保てるのか」「稼げない時期をどう乗り越えるのか」。稼げなかった実体験をベースに、かつての自分のような人間が本当に必要としている情報を詰め込んだ。そしてコンテンツだけで終わらせず、コミュニティも立ち上げた。一人で戦うから折れる。同じ志を持つ仲間がいるから、続けられる。あの頃、私自身が一番欲しかった環境を、自分で作った。
結果、投資コンテンツは某プラットフォームでランキング1位を獲得。候補者10,869人の中から最優秀新人賞を受賞し、現時点でのコミュニティ参加者は171名になった。
ランキング1位の表示を見た時、真っ先に思い浮かんだのは、なぜか勝っている自分ではなかった。消費者金融の自動契約機の前で震えていた自分だった。「あの失敗が、ここにつながるのか」。人生って、本当に分からない。


全財産を失い、財産を差し押さえられ、一人で震えていた…あの瞬間は地獄でしかなかった。生きる意味すら見失っていた。何度も「もうやめよう」と思った。投資も、努力も、全部投げ出して、何もかも諦めた方が楽だと思った。
だが今、その経験が一番の資産になっている。こうしてネタにすらできている。
あの時に諦めていたら、投資で勝てるようにもなっていない。コンテンツも生まれていない。副業での成果もない。ましてや、鍛え、整えることの力も知らないまま、腹の出た身体で、コントロールを失った生活を送り続けていたかもしれない。何一つ存在しない世界線で、あの頃の自分のまま生きていたかもしれない。
特別な才能があったわけじゃない。ただ、諦めなかった。どん底でも、一つだけ前に進むことをやめなかった。ひたむきに続けた。それだけだ。
転職から3年。部下ゼロから部長職、年収1,000万円
副業や投資だけではない。本業でも、少しずつすべてが噛み合い始めていた。転職した時、私には新しい会社での肩書きも実績もなかった。前職で何をしていたかは関係ない。新しい会社に入れば、またゼロからだ。誰も私のことを知らず、最初は一人で、チームも部下もいなかった。
だから、やることはシンプルだった。目の前の仕事を確実に仕上げる。そして、期待をほんの少しだけ超える。
派手なことは何もしていない。任された仕事をやり、数字を出し、うまくいかなければ原因を考えて改善する。そして、次の仕事を任される。それを繰り返した。
ブログで身についた「数字を見て改善する癖」も仕事に役立った。何となく仕事をするのではなく、何が成果につながったのかを見る。うまくいけば再現し、うまくいかなければ変える。すると、少しずつ任される範囲が広がっていった。プロジェクトの規模が大きくなり、部下が一人、二人、三人と増えていく。
人が増えれば、自分一人で成果を出すのとは違う難しさも出てきた。自分なら10分で分かることが部下には伝わらず、「自分でやった方が早い」と思うこともある。でも、それでは組織は強くならない。
どう伝えるか、どう任せるか、どうすればチーム全体で成果を出せるか。また新しい課題が出てきた。その一つひとつに向き合った。気づけば、ゼロから組織を立ち上げ、統括する立場になっていた。
そして、転職から約3年。部長職に就いた。
提示された年収は1,000万円だった。数字を見た瞬間、派手に喜んだわけではなく、むしろ一瞬止まった。
「1,000万円か」
何度か見直した。最初の給料が振り込まれた日も、口座を見て静かにガッツポーズした。大声で叫ぶような喜びではなかった。
「ここまで来たか」
そんな感覚だった。
そして頭に浮かんだのは、20代の頃だった。美容師として月18〜19万円ほどの手取りで働き、その後21時から居酒屋へ入り、深夜2時まで山積みの皿を洗っていた自分。店を出た時の冷たい夜風、水と洗剤でふやけた手、身体が鉛みたいに重くて帰宅したらそのまま倒れるように寝た日。そして翌朝、また美容室へ向かっていた自分。
あの頃は、年収1,000万円なんて別世界の人間の話だと思っていた。会社員にすらなると思っていなかった。
あの頃の自分に「40代で年収1,000万円になる」と言っても、絶対に信じないだろう。



国税庁調査(令和5年分)だと年収1,000万円は、日本の給与所得者の上位わずか6.2%。平均年収478万円の倍以上で、100人いたら6人しか届かない世界だ。でも、年収1,000万円という数字を見て「人生クリアだ」とは思わなかった。昔の自分なら、「年収1,000万円になれば人生は勝ち」と考え、ここをゴールにしていたと思う。
だが、実際にその数字へ到達すると違った。むしろ、まだ先があると思った。組織をもっと強くしたい。もっと大きな仕事もしたい。自分自身の市場価値もまだ上げられるし、副業でもまだやったことのないことがある。身体もまだ強くできる。40代からでも、まだまだ変われる。
以前なら、1,000万円という数字そのものがゴールだった。でも今は違う。それは、一つの通過点でしかなかった。美容師時代の年収200万円台から、1,000万円へ。数字だけ並べれば、ものすごい逆転劇に見えるかもしれない。
でも、実際の日々はそんなにドラマチックではなかった。一発逆転で手に入れたものではなく、宝くじに当たったわけでも、突然誰かに引き上げてもらったわけでもない。転職で市場価値を知り、仕事で成果を積み上げ、副業を続け、身体を鍛え、習慣を整えた。毎日は、驚くほど地味だった。
朝起きて、やるべき仕事をやり、ジムへ行き、記事を書く。失敗したら直し、また次の日もやる。それだけだ。
でも、その地味な積み上げが何年も続くと、見える景色は大きく変わった。
「稼ぐ・鍛える・整える」
30代後半ではまだ、ぼんやりと感じていただけだった。40代になって、その3つの歯車がようやく完全に噛み合った。
稼ぐ力が生活と選択肢を支え、鍛えた身体が仕事にも挑戦にも耐えられる土台になり、整った習慣がそれを一日、また一日と積み上げていく。
どれか一つだけでは、今の自分はいない。
Leoの平日ルーティン|日々1%の積み上げを仕組みで構築
| 時刻 | ルール | 軸 | 効果 |
|---|---|---|---|
| 4:30 | 起きたら、窓を開けて空気を入れ替え、白湯を作る | 整 | 外気を取り込み、睡眠モードから朝の活動モードへ切り替える |
| 4:33~4:40 | 白湯を作ったら、アファメーションを5〜10分行い、良い気分になる | 整 | 一日の最初に思考と感情を前向きな状態へ整える |
| 4:40~4:50 | アファメーションが終わったら、白湯を飲みながら単語帳と格言を見る | 整 | 頭が静かな朝の時間に知識と言葉をインプットする |
| 4:50~6:00 | インプットが終わったら、メディアの執筆を開始する | 稼 | 集中力の高い朝を、自分の資産を作る時間に変える |
| 5:00 | 執筆をしながら、緑茶を飲む | 整 | 朝の集中力と覚醒をサポートする |
| 5:30 | 時間になったら、無糖ココアを飲む | 整 | 朝の飲み物を習慣化し、コンディションを整える |
| 5:50 | ジムへ行く前に、プロテインを飲む | 鍛 | トレーニング前にタンパク質を補給する |
| 6:00 | ウェアに着替えてジムへ行く | 鍛 | 服装をトリガーにしてトレーニングモードへ切り替える |
| 6:10~7:00 | ジムに着いたら、7時までトレーニングをする | 鍛 | 筋力・体力を高め、身体を継続的に鍛える |
| 7:05 | 家に着いたら、シャワーを浴びる | 整 | 汗を流し、トレーニングから次の行動へ気持ちを切り替える |
| 7:10~7:30 | シャワーを浴びたら、20分読書する | 整 | 朝の集中力が高い時間に知識をインプットする |
| 7:30 | 読書が終わったら、ゆで卵を3つ食べてサプリを飲む | 鍛 | トレーニング後のタンパク質と必要な栄養を補給する |
| 7:33 | ゆで卵を食べたら、お弁当を作る | 整 | 一日の食事を事前に準備し、食生活を崩れにくくする |
| 7:45~8:15 | お弁当を作ったら、チャートを見て分析を行う&執筆活動 | 稼 | 毎日の分析によって相場感覚と判断力を磨く |
| 8:15 | 米と納豆または魚で朝食を食べながらYahoo!ニュースを見る | 整 | 朝食を取りながら国内外の主要ニュースを確認し、一日の情報をインプットする |
| 8:30 | 家を出たら、オーディオブックを聴きながら出社する | 稼 | 移動時間を学習時間に変える |
| 8:30~9:00 | 電車に乗ったら、最新のAI情報とメールを確認して9時に出社する | 稼 | 最新情報と仕事の連絡をまとめて確認し、頭を仕事モードへ切り替える |
| 11時台 | お腹が減ったら、サラダを食べる | 整 | 昼食前の空腹を抑え、食事のリズムを整える |
| 12:00 | 昼食を食べながら、エンタメ系のYouTubeを見る | 整 | 仕事から意識を離し、脳を一時的に休ませる |
| 12:30~13:00 | 睡眠導入音楽を聴きながら、13時まで仮眠する | 整 | 午後の集中力とパフォーマンスを回復させる |
| 15:00〜 | お腹が減ったら、炭酸水かプロテインを飲む | 鍛 | 余計な間食を防ぎながら必要に応じてタンパク質を補給する |
| 16:00 | 時間になったら、弁当その②(米、鶏胸肉、キムチ)を食べる | 鍛 | 筋肉を維持するために計画的に栄養を補給する |
| 18:30頃 | 仕事が終わったら、音楽を聴きながら帰宅する | 整 | 仕事モードからプライベートへ気持ちを切り替える |
| 19:00 | 帰宅したら、鯖缶か豆腐を食べる | 鍛 | 手軽に良質なタンパク質を補給する |
| 19:00~19:30 | 食事をしたら、YouTubeを見るなど自由時間を過ごす | 整 | 意図的に何もしない時間を作り、仕事後の緊張をリセットする |
| 19:30 | 自由時間が終わったら、企業のIR情報を確認する。チャンスがあればトレードも行う | 稼 | 企業分析と相場の実践を積み重ね、投資判断力を磨く |
| IR確認後~20:50 | 企業分析やトレードが終わったら、メディアの執筆活動を行う | 稼 | 夜の時間を情報発信と資産形成につながるアウトプットへ変える |
| 20:50 | アラームが鳴ったら、お風呂のお湯を溜める | 整 | 夜の活動を強制的に区切り、休息モードへ切り替える |
| 20:50~21:00 | お湯を溜めている間に、本を読む | 整 | 待ち時間をそのままインプット時間へ変える |
| 21:00 | お風呂に浸かったら、本を10分読む×2セットを行う | 整 | 入浴時間をリラックスとインプットの時間に変える |
| 21:50 | お風呂を出たら、ストレッチを5分してから10分読書する | 鍛 | 身体をほぐしながら、就寝前の時間を落ち着かせる |
| 22:00 | ギリシャヨーグルトとブルーベリーを食べる | 整 | 就寝前の軽い栄養補給をルーティン化する |
| 22:10 | 食べ終わったら、照明を暖色系に変える | 整 | 光環境を変え、身体と脳を睡眠モードへ近づける |
| 22:30~23:00 | 眠気が出てきたらベッドに入り、本を読む。限界まで眠くなったら耳栓をして寝る | 整 | 眠気に合わせて自然に入眠し、睡眠環境まで整える |
今でこそ当たり前のように朝5時に起き、ジムへ行き、仕事をし、副業にも時間を使っている。でも、最初からこんな生活だったわけじゃない。
目覚ましを何度も止め、「今日はやる」と決めたことの半分も終わらないまま夜になり、スマホを眺めているうちに1時間が過ぎる。そして寝る前に「また明日から」と思う。そんな日を何年も繰り返した。
だから、今でも自分が特別に意志の強い人間だとは思っていない。
変わったのは、意志力が強くなったからではない。意志力で自分を変えようとするのをやめ、行動そのものを「設計」するようになったからだ。
最初から完璧な生活を作ったわけではなく、一つ定着したら一つ増やし、また定着したら一つ増やす。合わなければ変え、続かなければ小さくする。その繰り返しだった。
この時間割を、そのまま真似する必要はない。まずは自分が毎日やっている行動の後に、小さな習慣を一つだけつなげてみてほしい。組み合わせ方や場面別の例文は、ハビットスタッキングのやり方で紹介している。
40代半ば|「稼ぐ・鍛える・整える」は、まだ進化の途中だ
昔は、未来が怖かった。
「このまま会社員を続けるのか」「借金は返せるのか」「自分は何者にもなれないんじゃないか」
何年先を想像しても、今と同じ毎日が続いているようにしか思えなかった。それが、一番怖かった。
でも、今は違う。40代半ば、後半、50代。これから自分がどこまで成長しているのか、どんな仕事をしているのか、どんな身体になっているのか。そして、男磨きラボがどこまで育っているのか。
まだ見たことのない自分を、早く見てみたい。
ここまで来て分かったのは、40代はゴールではないということだ。年収1,000万円を超えても、身体を絞っても、朝5時に起きる生活が当たり前になっても、「もう完成した」と思ったことは一度もない。
むしろ、ここからだと思っている。
稼ぐ力は、もっと磨ける。
身体は、もっと強くできる。
思考も習慣も、もっと整えられる。
「稼ぐ・鍛える・整える」は、何かを達成したら終わるものではない。人生のステージが変われば、求められるレベルも変わる。20代には20代の課題があり、30代には30代の課題があった。きっと40代、50代にも、その年代だからこそ向き合うテーマが出てくる。
そのたびに学び、試し、失敗し、また改善していく。「稼ぐ・鍛える・整える」は、まだまだ進化の途中だ。以前の私は、明日が来るのが怖かった。でも今は、これから自分の物語がどう進んでいくのかを考えると、純粋にワクワクする。
5年後、自分は何をしているのか。
10年後、どんな男になっているのか。
男磨きラボは、どんな場所になっているのか。
まだ答えは分からない。だから、面白い。
これからも「稼ぐ・鍛える・整える」を、自分自身で実践し続ける。
うまくいったことも、失敗したことも、その過程ごと男磨きラボに残していくつもりだ。
このプロフィールも、つねに書き換えていく。その時、「あの頃の自分から、また随分遠くまで来たな」こう思えたら最高だ。私の物語は、まだ途中だ。そしてこれから先の人生が、今までで一番面白くなる気がしている。
一緒に学び、一緒に磨く。「男磨きラボ」という場所
私の人生を振り返ると、本当に遠回りしてきたと思う。美容師で身体を削り、DJで自由を追い、会社員になれば100時間残業。副業では半年成果ゼロ、投資で全財産を失い、消費者金融から借り、財産を差し押さえられた。YouTubeには400〜500時間を使って45本で撤退し、身体は体脂肪25%を超えた。
何をやっても、最初からうまくいったことなんてほとんどない。むしろ、最初はだいたいうまくいかなかった。だからこそ、失敗している時の人間がどんな気持ちになるのかはよく分かる。焦り、早く結果が欲しくなり、自分より成功している人が羨ましくなる。そして、簡単な答えを探し始める。
私自身、そうだった。失敗している時ほど、甘い言葉に惹かれた。
「これだけで稼げる」「これだけで痩せる」「この方法なら人生が変わる」「誰でも簡単にできる」
今なら警戒するような言葉も、当時は希望に見えた。過去の私は、そういう言葉に何度も飛びつき、金を払い、時間を使い、また失敗した。そのたびに、「次は本物かもしれない」とまた探した。
だからこそ今、強く思う。流行りのテクニックは変わる。だが、その奥にある原理原則はそう簡単には変わらない。
稼ぐにも、身体を変えるにも、習慣を作るにも原則がある。表面的な方法だけを追い続ければ、また次の新しい方法へ振り回される。だから、その奥にある本質を知りたいと思うようになった。
男磨きラボで伝えたいのは、表面だけのノウハウではない。自分自身が実際にやり、失敗し、改善してきた経験。そして、先人の知恵、研究、成功者の経験から学べる本質。その両方だ。
自分の体験だけでも足りないと思っている。たまたま自分にうまくいっただけかもしれない。逆に、知識だけでも足りない。実際の生活へ落とし込めなければ、人生は変わらない。
だから、理論と実践の両方を大切にしたい。しかも、読んで「なるほど」で終わってほしくない。
1本読んだら、1つ動く。
腕立てを1回でもいい。5分だけ早く起きてもいい。本を1ページ読んでもいい。転職サイトを開くだけでもいい。家計簿を開いて、一つだけ無駄を見つけてもいい。知識を一つ、現実へ実装する。小さくてもいいから、読んだ前と後で行動を一つ変える。
それが「男磨きラボ」だ。
完成した人間が、上から正解を教える場所でもない。私自身もまだ途中で、今でも学び、試し、失敗し、修正する。
このプロフィールを書いている今だって、40代中盤、50代へ向けてまだ積み上げている最中だ。今後また大きな失敗をするかもしれないし、今信じていることが数年後には変わっているかもしれない。それでいいと思っている。学び続け、変わり続ければいい。
だから、完成した成功者として語る気はない。上から「こうしろ」と言いたいわけでもない。今、このページを読んでくれているBroと一緒に学び、一緒に磨き、一緒に成長していく。そんな場所にしていく。
遠回りの人生で掴んだ「9つの鉄則」
美容師、DJ、会社員、100時間残業、副業失敗、投資の大損、財産差し押さえ、YouTube挫折、転職、筋トレ、習慣化。振り返れば、笑えるくらい遠回りした。
もっと早く知っていれば避けられた失敗もあるし、もっと早く行動していれば、数年早く今の場所へ来られたかもしれない。
でも、その遠回りがあったからこそ、自分の中に残った原則がある。本で読んだだけの言葉ではない。自分自身が失敗し、痛い目を見て、何度もやり直す中で身に染みたものだ。
男磨き9つの鉄則
① 止まる者は、沈む
世の中は止まらない。テクノロジーも、経済も、周りの人間も、毎日少しずつ前に進んでいる。その中で自分だけ立ち止まったら、それは現状維持じゃない。相対的に後退しているのと同じだ。
「今のままでいい」という言葉は、心地よく聞こえる。だが、その心地よさに浸った瞬間、気づかないうちに沈んでいく。現状維持という選択肢は、この世に存在しない。進むか、沈むか。その二択しかない。
② 毎日の積み上げが、凡人を別人に変える
1日1%の成長は、365日で37.8倍になる。派手な一発逆転なんていらない、地味な1%を、毎日やれ。昨日より1ページ多く読む。昨日より1分早く起きる。昨日より1レップ多く上げる。その一つひとつは、誰にも気づかれないほど小さい。
だが、それが365日積み重なった時、振り返った景色はまるで別世界だ。才能がなくても、センスがなくても、1%の積み上げだけは誰にでもできる。凡人が別人になる唯一の方法は、これしかない。
③ 苦しみは成長の証だ
楽な道を選んで成長した人間は一人もいない。筋トレでバーベルを握った時の苦しさ、仕事で限界まで追い込まれた時のプレッシャー、新しいことに挑戦して恥をかいた時の惨めさ。全部、キツい。
だが、そのキツさの正体は「今まさに自分の器が広がっている音」だ。筋肉は、繊維が破壊されて初めて太くなる。人間も同じだ。痛みを避けるな。痛みの先にしか、成長はない。
④ 守破離。まず型を盗み、成功者をマネる
自己流でうまくいくのは、天才だけだ。凡人が我流でやれば、時間と金を無駄にするだけで終わる。まずは成功者の型を徹底的にトレースしろ。なぜその順番なのか、なぜその方法なのか、考える前にまず真似る。型を完全に身につけた後に、初めて自分なりのアレンジが生きてくる。
武道の世界では「守破離」と言う。守:師の型を忠実に守る。破:型を理解した上で崩す。離:型から離れ、自分のスタイルを確立する。最初の「守」を飛ばした人間に、「離」は永遠に訪れない。
⑤ 習慣は意思ではなく、仕組みで作る
やる気がある日に頑張るのは、誰でもできる。問題は、やる気がない日だ。モチベーションは天気と同じで、自分ではコントロールできない。だから、モチベーションに頼る人間は必ず三日坊主で終わる。必要なのは、やる気の有無に関係なく身体が動く「仕組み」だ。
朝起きたらウェアに着替える、ジムに着いたらまずBIG3、帰宅したらパソコンを開く。考える前に、身体が動くようにセットする。習慣の力は、意志の力を圧倒する。仕組みで動く者だけが、365日休まず前に進み続けられる。
⑥ 失敗の数だけ、勝ちパターンが増える
挑戦して失敗した経験は、一つも無駄にならない。失敗するたびに「これはダメだった」というデータが一つ増える。そのデータが判断力になり、次の挑戦の打率を確実に上げる。10回失敗した人間は、10個の「やってはいけないこと」を知っている。100回失敗した人間は、100個の地雷の場所を把握している。
失敗は恥じゃない。挑戦した証だ。本当に恐れるべきは、失敗することじゃない。失敗から何も学ばず、同じ過ちを繰り返すことだ。
⑦ 群れるな、比べるな、腐るな。
SNSを開けば、成功者の輝かしい投稿が目に飛び込んでくる。あいつは年収がいくらだ、あいつはあんな身体をしている、あいつはあんな生活をしている。比べた瞬間、焦りが生まれる。焦ると、自分の軸がブレる。軸がブレると、積み上げてきたものまで疑い始める。
他人のハイライトと、自分の舞台裏を比べるな。そんなものは比較にならない。昨日の自分より1レップ多く上げたか、昨日の自分より1ページ多く読んだか、昨日の自分より1分早く起きたか、それだけでいい。
⑧身体が変われば、人生のすべてが動き出す
身体が変われば、メンタルが変わる。鏡を見るのが怖かった自分が、鏡の前で自信を持てるようになる。メンタルが変われば、行動が変わる。「どうせ無理だ」が「やってみよう」に変わる。行動が変われば、結果が変わる。仕事の成果、人間関係、収入、全部が連鎖的に動き始める。
そしてその結果が、さらに身体を鍛えるモチベーションになる。この正のスパイラルの起点は、いつも身体だ。だから言い切る。人生を変えたければ、まず身体を変えろ。すべての変化は、そこから始まる。
⑨ 男磨きに、完成はない
今日やったことは、明日すぐには結果にならない。1週間続けても、ほとんど何も変わったように見えない。体重は思ったほど落ちず、収入もすぐには増えない。朝活を始めたからといって、突然人生が輝き始めるわけでもない。
だから、多くの人が途中で「やっても意味がない」と思ってやめる。でも、変化は見えないところで積み上がっている。数ヶ月前には上がらなかった重量が上がり、昔なら何時間もかかった仕事が早く終わり、以前はゼロだった収益が少しずつ増える。
ある日振り返って初めて、変わっていたことに気づく。休む日があってもいいし、失敗する日も、予定通りできない日もある。私自身、今でもある。それでも、また戻ればいい。完璧である必要はない。昨日より少しだけ良い自分を、また積み上げる。それを続ける。
男磨きに、完成はない。
30代でも、40代でも、50代でも、その先でも、まだ上を目指せる。だからこそ、人生はずっと面白い。
男磨きに終わりはない。昨日の自分を1%超えていこう。

ここまで、かなり長く私の人生を書いてきた。美容師を辞めた話も、深夜2時まで皿を洗っていた話も、消費者金融から借りた話も、財産差し押さえも、太った身体も、YouTubeで心が折れたことも書いた。
今でも、できれば人に話したくないような過去はいくつもある。別に、自分の人生をドラマチックに見せたいわけでも、「こんなに苦労したからすごいだろ」と言いたいわけでもない。
本当に伝えたいのは、私の話そのものではない。
人生は、途中からでも変えられる。
これだ。20代、30代でもいい。40代でもいい。過去に何度失敗していてもいい。仕事がキツい。金が足りない。身体がたるんできた。朝起きるのが辛い。やりたいことがあるのに、何も始められていない。
毎日なんとなく会社へ行き、「このままでいいのか」と思いながら家に帰る。夜になればスマホを見ながら時間が過ぎ、寝る前に「また今日も何もできなかった」と少しだけ後悔する。
昔の私は、そのほとんどを経験した。
もし一つでも重なるものがあるなら、そこがスタート地点になる。全部を一気に変える必要はない。むしろ、全部一気に変えようとすると続かない。
まず一つでいい。
記事を一本読む。腕立てを1回する。明日の朝、5分だけ早く起きる。転職サイトを開き、自分の市場価値を見てみる。財布から無駄なサブスクを一つ消す。机の上を片付ける。明日やることを一つだけ書いて寝る。
何でもいい。
大切なのは、読んで「いい話だった」でページを閉じないことだ。私自身、昔は自己啓発本を読んでは「明日から変わろう」と思っていた。その瞬間だけは、本当に変わった気になった。でも翌日、何もしなければ現実は同じだ。
知識だけでは、現実は1ミリも変わらない。知ったことを、一つ行動へ変える。そこからしか始まらない。
私自身、何度も「もう遅い」と思った。30代になって初めて会社員になった時には、周囲はすでに何年も社会人経験を積んでいた。30代半ばで全財産を失い、財産を差し押さえられた時には、「もう人生をやり直す年齢じゃない」と思ったこともある。
30代後半になってから、たるみきった身体を作り直した。「若い頃から鍛えていれば」と何度も思った。
それでも、人生は動いた。過去へ戻ることはできない。20代からやり直すこともできない。
でも、今日から先は変えられる。だから、この一点だけは自分の人生をもって言える。
遅すぎるなんてことはない。
完成した人間が、上から教える場所じゃない。私自身もまだ途中だ。
明日の朝も起きて、白湯を飲み、パソコンを開き、ジムでバーベルを握る。仕事に向き合い、知らないことを学び、失敗したら修正する。思ったようにできない日があれば、また翌日戻る。
そしてまた、少しだけ前へ進む。この先も、きっと失敗する。でも、今はそれすら少し楽しみだ。失敗したら、またそこから何かを学べばいい。その先に、まだ見たことのない景色があると思っている。
次はBroの番だ。稼ぐ。鍛える。整える。
昨日の自分を1%超えていこう。男磨きに、終わりはない。
MEN’S UPGRADE MAGAZINE|男磨きを継続し続ける仕組み
男磨きラボの記事では書き切れないこともある。実際に今試していること、うまくいかなかったこと、ブログにするほど整理できていない考え、仕事や副業、身体、習慣についてその時々で考えていること、さらに踏み込んだ戦略や思考。
そうしたリアルな内容を、メールでも届けている。派手な成功法則を送りたいわけでも、「これさえやれば人生が変わる」と言うつもりもない。むしろ、そんなものを追いかけて散々遠回りしてきた。
明日を1%良くするために、実際に使えるものを届けたい。
一つ読んで、一つ試す。それをまた積み上げる。
読んで終わりではなく、次の1%へ。



